short

□ポニーテールとシュシュ
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某歌がテーマです














「あはは」

 斜め前に座っている彼女の笑い声に、仁王は思わずつられて笑いそうになっていた。
 いかん、とにやけかけた口をきゅっと引き締めて、いつもの自分らしい顔をする。
 すると隣にいた女の「かっこいい」というつぶやきが桃色の溜息と共に聞こえた。それに対して仁王は、ばかじゃのう、という言葉がげんなりとした溜息と共に心の中で出したのだった。

 今年の夏はかなり暑い。太陽が刃物のように肌に突き刺さる。何もしなくたって汗がじわりとにじんでくる。暑さが大の苦手な仁王にとってまさに地獄だった―――が、ひとつ、いいことがある。

 ぷら
 ぷら
 ぷら

 彼女が動くたびに尻尾のように彼女の髪の毛が揺れる。仁王はそれをじっと見つめていた。
 ―――彼女がポニーテールをしているおかげで、仁王の地獄の夏も少しは和らいだ。
 世の中の男どもがポニーテールという髪型を好きなのは皆知っているだろう。仁王もその一人、ではないが、やはり好きな彼女のポニーテールにはぐっとくるものがあった。
 思わず、隣の女と同じように、自分も「かわいい」というつぶやきと共に桃色の吐息を吐きだしたくなる。
 しかし、自分にそんなことはできない。なにせ、クールでミステリアスというイメージなのだから。緊張して口をろくにきいたこともないクラスメイトの女にメロメロだなんて知れたら、どんな噂をされるのだろう。部活の仲間にこれを知られたら一生のネタにされるかもしれない。それを考えるだけでもぶるりと身体が震えた。

「ほんと暑いよね、今年。」

 ふう、と彼女は息をひとつ吐くと、シャツでぱたぱたと仰ぎ始めた。
 ああああああ!そ、そんなことしたら横の男に中が見えてしまうぜよ…!
 好きな女に話しかけたこともない仁王にとっては、ただ偶然くじ引きで決まった彼女の隣に座っている男が嫉妬の対象になっていた。
 ぐっと仁王は自分の筆箱を握りしめて気持ちを落ち着かせる。

「おかげで髪下ろせないよ。毎日ポニーテール。」

 ぷらん、とワザとらしく彼女が尻尾を揺らす。どうやら彼女は髪の毛をおろしたいらしい。
 仁王は、どっちも可愛いからよか、と彼女が聞いたら耳まで赤くなりそうなことを思っていた。

「いいじゃん。ポニーテール可愛いよ、ポニーテール。」
「んー。可愛いし、涼しいけどさー。」
「できるだけいいじゃん。わたし、できないよ?」

 ショートヘアーである彼女の友達はちょっと残念そうな顔をして、彼女の尻尾を羨ましそうに触った。
 いいのう。ずるいのう。俺も触りたいぜよ。

「お、これ新しいシュシュ?また水玉だね、かわいー。」
「でしょ。昨日買ったの。」

 彼女の友達の言葉を聞き、シュシュを確認する。
 なんと…お、俺としたことが、今まで気づかんかったぜよ…!
 悔しさで頭を抱え込む。もし部活仲間が仁王のこの状況を知っていたら「くだらねー」と言っていたことだろう。
 たしかに、仁王の観察結果に照らし合わせても、たしかにそのシュシュは初めて見るものだった。彼女は水玉が好きなようで、今までしてきたシュシュの大半が水玉模様である。

「あ。次、移動じゃん。」
「ほんとだ、行かなきゃね。」

 教室にある時計の針はもうすぐ授業の始まりの時間をさしていて、教室にはほとんどのクラスメイトがいなくなっていた。
 仁王も彼女たちの言葉でそのことに気付き、急いで机の中から教科書を出す。
 見るのに夢中で気付かんかったぜよ。丸井のやつも声かけてくれればよか。(実は丸井が何度も呼んだことを仁王は知らない)
 クラスメイト兼部活仲間の丸井の姿も教室にはなかった。薄情なやつだと雅治は思った。

「いこ」
「待ってー」

 彼女も支度をしていて、ごそごそと机の中を探っている。多少散らかっている彼女の机の中からは何枚かプリントがはみ出ていた。彼女の友達はさっさと支度をし終えたのか廊下で待っている。

「まだー?」
「んーっと…あれー?ノートが…」

 ノートがないらしい。
 それに苛立ったように彼女の友達は「んじゃあ先行くよ」と廊下から姿を消した。
 あいつも丸井の同じ、薄情なやつじゃのう。

「ひどっ、鬼だ、あいつはっ。」

 友達の文句を言いながらも探す作業はやめていない。仁王は彼女のそんな姿に思わず口を緩めてしまった。
 机の中をのぞくたびに彼女の尻尾が揺れている。つかみたい衝動にかけられるけれど、そんなことをする勇気は仁王にはなかった。

 でも、つかまえたい。
 つかまえて、お前さんに――




「仁王君、行かないの?」
「えっ、あ、え?」

 突如聞こえた彼女の声、しかも自分の名前を言っている彼女の声で、すぐにどこかへと飛んでいた意識が引き戻された。
 目を大きく開き驚いた表情で、いつの間にか教室のドア付近に立っている彼女に視線を向ける。彼女はちょっと困った顔をしていた。

 今、な、名前、を、呼ばれた、ぜよ…

 仁王の心臓はばくばくと動いていた。それはテニスを全力でしている時の同じくらい激しいものだった。

「仁王君大丈夫?さっきからずっとぼーっとして立ってるけど。」
「だ、大丈夫、ぜよ」

 うそだ。本当は大丈夫じゃない。心臓が、うるさい。

「そう?もうすぐチャイム鳴っちゃうよ?」
「あ、ああ、行く、ぜよ」

 どうやら仁王が意識を飛ばしている間、無事ノートを見つけたらしい。彼女の手には筆箱とノート、教科書がしっかりと握られていた。
 時計を見てみる。本当にあと少しでチャイムが鳴ってしまう時間だった。

「ほら、走って行かなきゃ」

 にこり、と満面ではないが、少し微笑んで彼女が仁王を促すように手招きした。
 これは夢なんか。
 自分が勝手に彼女を想っているだけで、彼女と話したことはろくにない。それなのに一緒に行こうと、彼女が自分を誘っているこの状況は、仁王にとっては夢のようなできごとだった。
 ―――丸井、やっぱお前は最高の友達じゃ。

「早くっ」

 雅治が動かないのを見て、焦ったようにまた手招きをした。
 「あ、ああ」と仁王が気付いたように動き始めた、とたん―――

 キーンコーンカーンコーン…とチャイムが鳴り始めた。

「やっ、やばい。行こうっ」
「お、おう」

 焦っている彼女と一緒に走り始める。廊下には慌てて教室に入ろうとする生徒がちらほらといた。

 自分の目の前で走っている彼女は全速力で走っているのか時々「はあっ」と荒い息が聞こえた。思わず顔を赤らめそうになる。
 仁王はテニス部に入っているので、本気を出さなくとも彼女より前に出ることは可能だが、わざと遅く走っていた。
 彼女の尻尾の揺れる姿を眺めていたかった。
 先ほどまで見ていたよりも激しく揺れる尻尾。彼女の足を合わせるように横に動く。

 つかまえたい。

 今度の衝動は強かった。仁王は衝動のままに手を伸ばした。
 尻尾が、つかまるかと言わんばかりもっと激しく揺れる。


 この尻尾をつかまえて、
 つかまえて、お前さんに――
 

「好きじゃよ」


 伝えたいんじゃ。




「なに!?仁王君!なんか言った!?」

 仁王のつぶやきが聞こえなかったのか、彼女は走りながら仁王の方には振り向かずに問うた。
 

「…なんでもなか」

 
 すっと手をひっこめる。
 仁王はこちらを振り向かない彼女に向って、微笑んだ。細めた目で彼女と、尻尾を見つめる。


 ―――いつか、お前さんをつかまえて、伝えるけえ。覚悟しとくナリ。





(恋の尻尾はつかまえられない)









100820 新咲
ちょっと恥ずかしい小説である。
しかし、このサイトの仁王はずいぶん…純粋だな…


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