小説・詩(pokemon)

□reckless
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周囲ではけたたましく異常を知らせるサイレンが鳴り響き、
通路にあふれ出る水蒸気は鉄管ごと引き裂きそうな勢いなのに、
どうして自分の骨がきしむ音はこんなにもはっきりと聞こえるのだろう。



指の感覚を確かめるように一本一本折り曲げていくだけでも、
ぎぃぎぃと錆ついたレバーのように鈍い音が体の中から鼓膜に達する。



こんな自分の苦労などつゆ知らず、化学プラントに忍び込んだ当の化け物本人は、
自由気ままに灼熱の迷路を行き来しているというではないか。



(嫌になるよな…本当に)



体内の水分を無駄に飛ばさぬために、愚痴をこぼすことも溜息をつくこともできやしない。

せいぜいできるのは、心の中でここに向かわせた主への悪態を呟くぐらいだ。







先ほどから、カン、カン、カン…と何かを叩くような音がしているが、
これがバルブ内のスチームハンマーなのか、
探している化け物の足音なのか、判別がつかない。



どちらにしろ、ここに残って探索する体力はもうそろそろ尽きかけている。

とりあえず音源だけ確かめて、後は一度退却してから改めて指示を仰ごう、
そう思った矢先だった。







体の芯から突き上げるような衝撃が走り、思わず床に手をついた。



制御を失った蒸気の圧力を抑えきれなくなった鉄管のフランジが、
ついにその役目を終えてしまったようだ。



熱気の塊は、流れ落ちる滝のように地へと下り、
全てを呑みこむ津波のように猛然と押し寄せる。



通路の先に見えた白い蒸気を確認するやいなや、
身を翻して一目散に駆け出した。







眼の隅に映る赤い回転灯も、焦燥感を募らせる警報音も、こんな時にはちっとも役に立たない。



頭に叩き込んだプラント内の地図では、前方20mを左折して階段を上れば、最も広い製造所にたどり着ける。



(とりあえずそこに避難しよう…こんな狭い通路で蒸し殺されるなんて、まっぴらごめんだ)



体当たりで扉を開き、すぐさま通路内に蒸気を閉じ込めるべく鍵をかける。

なんとか一息ついて、手すり越しに眼下に広がる製造所を見降ろすと、
電気の落ちた暗い空間に、炉の炎があちらこちらで赤々と燃え盛っていた。

ガスタンクや配管に囲まれた中央付近が、中でもひときわ強烈に光っている。



それはのっそりと頭をもたげると、ギラギラとした眼をこちらに向けた。



「ほう、客人か」



やけに落ち着いた声が疲れ切った神経に障る。



「何を我が物顔で居坐ってんだ…お前は侵入者だろ」


「故郷と同じ匂いがしたから、少し腰を落ち着けてみただけのこと」


「におい…?」



少し深く鼻から空気を吸ってみても、特に違和感はない。

というより、高い気温が粘膜を乾燥させ、単に鼻がきかなくなっているだけかもしれないが。



「直に分かる。人工の通路も自然の洞穴も、道筋さえ把握すればどちらも同じことなのだ」



―お前も何かに追われて、ここまでたどり着いたのではないのか?

そう問われて、ここで起こっている異常とその原因に思い至った。



「よくもまあこの短時間に、これだけの鉄管を壊してくれたもんだよなぁ」



彼は素知らぬ顔でただ一言、来たぞ、と呟いた。








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