虚ろなる世界で…
□虚ろなる世界で…[弐]
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「壁に向かって何して―――」
部屋の隅にうずくまったハンスに近付く俺。何だか様子のおかしいハンスを、後ろから覗き込んで―――――俺の体から一気に血の気が引いた。
「な、何やってるんだよ!?」
「…………ッ!!」
覗き込んだ俺の目に映ったのは、赤の液体と銀色の調理器具だった。ハンスの右手に持たれた包丁は、ハンスの左手首から溢れる血で染まっている。
「…ワシのことは、放っておいて―――」
「そんなこと出来るわけないだろ、バカ!! 今すぐ救急箱持ってくるから、ちょっと待ってて!!」
俺はハンスの言葉を遮り、包丁をハンスの右手から抜き取って、急いで救急箱の置いてある場所に急いだ。…アフターエイジに来た頃ナユタに、もしもの為にと教えてもらっといて良かった。
俺は包丁をテーブルの上に置いて、救急箱を持ってハンスの部屋に急いだ。
「あぁ〜! えっと、取り合えず包帯を巻かないと……!!」
部屋に入って、ハンスの左手首を持って……泣きそうになった。手首を深く切っていて、血がいくら溢れ出ても止まらない。包帯を巻きたいのに、痛みが俺にまで伝わってきて、上手く手に力が入らない。
それでもなんとか、手首を包帯で何重にも巻いて、まだまだ赤くなる手首を、両手でギュッと押さえた。
「…どうしてこんなこと……!!」
「………」
俺は泣きそうな目でハンスを見る。…が、ハンスは気まずそうに俺から顔を逸らし、俯いて何も答えてくれない。
「なぁ、俺に話せない事なのか…? 俺、何か悪いこと―――」
「すまぬが、部屋から出て行ってくれぬか…」
「―――ッ!!!」
明らかな拒絶と取れる言葉。それが、ハンスの口から出てきた。……それはつまり、ハンスをこんな状況に追いやったのは………俺…?
「……ごめん…」
俺はゆっくりハンスの手首から手を離し、立ち上がる。
「………ごめん…!!」
もう一度俺はそう言って、ハンスの部屋から出た。それから数歩歩いて、ひざまずく。
「…お、俺が…ハンスを…傷付け……! どうしたら……!!」
自分で自分の手首を切るなんて、相当な傷を心に負ってしまった証拠。俺がその傷を負わせてしまった。ハンスの最近の行動も、もしかしたら俺がハンスの心を傷付けた事に、関係あるのかもしれない。
「…どうしたんですか、アルフさん?」
慌ただしい物音に起きたのか、部屋からナユタが出てきた。
「…ナユタ……ハンスが、手首を包丁で…!」
「えぇ!? 処置は!?」
「包帯巻いたけど……俺のせいで、ハンスが痛い思いして…!」
俺は震える声でナユタにそう言うと、ナユタは納得いかなそうに首を傾げる。
「…アルフさんのせい? ハンスさんがそう言ったの?」
「いや……。でも、出てけって。俺には事情を話してくれなくて……」
俺は俯いてナユタにそう言う。……どうやってハンスに詫びれば良いんだろう…。
「…取り合えず、アルフさんは部屋で休んでて。いきなりの事で混乱してると思うから」
「あ、あぁ…」
俺はナユタの言葉に頷き、立ち上がって部屋に戻った。部屋では寝ていたはずのレンが、ベッドに腰掛けていた。
「……レン…」
「大体話は聞こえてた」
レンはそう言うと、自分の隣を手で叩いて、俺にそこに座るよう言う。俺はレンの隣に腰掛けて、少しレンの方に近寄った。