短編集
□過去 『オズワルド・タナトス』
1ページ/6ページ
(オズワルド)
「お父さん、早く!」
「オズワルド、そんなに急がなくたって良いんだぞ?」
僕は玄関でもたもたしているお父さんを急かした。……なんたって、カイン伯父さんから解放されて、久々のナルガムだから!
「…カインは優しくしてくれたか?」
「…えっ!? …う、うん……優しかった…」
準備を済ませたお父さんが、僕にそう聞いた。僕はお父さんから目を逸らし、曖昧に答える。……楽しくなかったわけじゃない。ただ、伯父さんが優しいと思える事は数少なかったあの3年間。
『お父さんに、優しくしてくれたかどうか聞いてきたら、優しかったと答えるんだぞ?』
…伯父さんにそう言われなければ、僕は迷わず“人使いの荒い人だった”と答えたのに…。
「…そうか、優しくはなかったんだな?」
「えっ!? なんで分かったの!?」
お父さんは苦笑してそう言うと、僕の頭を優しく撫でた。
「言え、って言われたんだろ? 分かるよ、あいつはそういうヤツだからな」
さぁ、行くぞ? そう言って僕の手を引いて歩き出すお父さん。……やっぱりお父さんは凄いな!
「美味しそうな野菜だね!」
ナルガムからの帰り道、僕は袋に入った新鮮な食べ物を見てそう言った。
「あぁ。モートさんの所の野菜だからな」
今日ナルガムに行ったのは、アスカテにはない野菜や果物を買いに行くためだった。…今日もおまけで多くもらっちゃった…!
「―――っ! ……オズワルド、離れるなよ…」
「………?」
突然、お父さんが僕の肩を持ってそう言った。お父さんの顔を見ると、険しい表情で前を見ている。僕達の前からは、数人の獣人達がこちらに歩いてきていた。
「あぁ…すまない。親子で買い物帰りだったか」
その内の一人、サングラスをかけた白い狐獣人が僕達を見てそう言った。……お父さんの知り合いかな?
「…何の用だ」
お父さんは今まで聞いたこと無いくらい怖い声で、目の前の狐獣人に言った。
「…言わなくても、分かるだろう?」
「―――っ!! オズワルド!!」
狐獣人がサングラスに手を掛けた瞬間、お父さんは僕を抱えて後ろへ走り出した。……何がどうなっているのか、分からない。
「…バルゴ」
「はい」
追い掛けてくる人達の内、虎獣人の人が狐獣人の呼び掛けに答えた。
「―――なっ!!」
突然、走っていたお父さんが倒れた。その拍子に、僕はお父さんの腕から離れ、前へと転がる。
「お、お父さん!?」
何事かとお父さんを見ると、さっきまでは無かった鎖が、お父さんの体を縛っていた。
「どうだ? 驚いただろう。つい先日手にした優秀な“道具”だ」
「……くっ! オズワルド、逃げるんだ!!」
身動きの取れないお父さんを足で踏み付ける狐獣人。……怖い。怖いけど、このままお父さんの言う通り、逃げてはいけない気がした。
「…子供、か。お前と同様に、強力な血識を持っているのか?」
「オズワルドには手を出すな! お前達が欲しがっているのは俺だろう!!」
僕を見つめる狐獣人。……あれ? 手と足が、動かない…!
「まだ血識に目覚めてないというのなら、今ここで目覚めさせてやろうじゃないか」
そう言って狐獣人が僕から目を離した瞬間、僕の体は自由に動くようになった。……よく分からないけど、お父さんを助けないと!!
「バルゴ、子供が何もしないよう、押さえていろ」
「はい」
立ち上がった僕を見て、狐獣人がそう言った。バルゴと呼ばれた虎獣人は僕の所に来て、脇から抱え込んだ。
「やめろっ! 離せ!!」
「……まずは」
狐獣人は鎖で縛られたお父さんを蹴飛ばし仰向けにすると、服の中からナイフを取り出した。
「肩だな」
「―――ッ!! があぁぁっ!!」
「お父さん!!!」
取り出したナイフで、容赦無くお父さんの左肩を刺した。痛みに堪えるように呻くお父さん。着ている服に血が滲んでいる。
「どうだ? オズワルド君。苦しむ父親を見ての感想は?」
「やめろっ!! …お父さん……!!」
「…俺は、大丈夫だ…!」
涙が溢れてきた僕を見て、いつもの笑顔を作ってそう言うお父さん。…大丈夫なわけ、ないよ……!!
「強がりがいつまで続くかな?」
「ぐぁぁぁ!!! あぁっ!! ぐぅ…!!」
今度は鎖の間からお父さんのお腹を刺した。ナイフの刃の部分が全部刺さってる。……いやだ…! このままじゃ、お父さんが…!!
「ほら、もっと喚け。平気なんだろう?」
「がはっ!! あがっ!!! おぅっ!!!」
刺さったままのナイフの柄を上から何度も踏み付ける狐獣人。お父さんは口からたくさん血を吐いて、今にも死んでしまいそうだった。
「…いや……やめて……!!」
「…オズ、ワルド……ダメだ…!!」
…このままじゃ、お父さんが死んじゃう…!! 嫌だ!! この人達のせいで!! 憎い! 憎い!! 憎い!!!
「アァァァアァァアァァアァア!!!!」
…僕の中にある何かが、弾けた。