虚ろなる世界で…

□虚ろなる世界で…[壱]
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「……フム、記憶喪失とは気の毒じゃったのぅ…」

丸いテーブルにそれぞれ椅子を持ってきて、そこに座り話をした。ハンスが腕を組んで目を閉じ、そう言う。

「記憶がないんじゃ、自分でも何に気を落とせば良いのか分からないんだ。だから気にしないでくれよ」
「……でも、名前が分からないと困らない…?」

俺の言葉に、ナユタが少し困った顔でそう言った。…確かに、俺の名前は何なんだろう…。

「それなんだけどさ。あそこでこんなの見つけたんだ」

ルーがそう言って、テーブルに楕円形の鉄板を取り出した。…あそこというと、俺を見つけた場所か。

「ここに“アルフ”って彫り込まれてるんだけど、もしかしたらアルフって名前なのかもよ?」
「……アルフ…」

俺はルーが取り出した鉄板を手にとって見てみた。確かにカタカナでアルフと書かれている。……あまりピンとこない名前だが、もしかしたら俺の名前かもしれない。鉄板に彫られてる理由が分からないが。

「…俺の名前かどうかは分からないが、このアルフと言う名前を使わせてもらおうか」
「これで、これから困る事なく会話出来るな、アルフ」

レンが俺の肩に手を置いてそう言った。……これから?

「……これからって何だ?」
「ハァ? お前はこれから、ここで俺達と暮らすに決まってんだろ?」
「そうじゃぞアルフ。ワシらしか生き残りがおらぬのなら、共に協力して生きていくのは当然じゃろう!」

レンとハンスがさも当然かのようにそう言った。ルーとナユタも同じ意見のようだ。…まぁ確かに、少し考えてみれば分かることだな。

「……それなら、誰か服を持ってないか? さっきから寒くて堪らないんだ」

現在の俺が身につけているものといえば、腰のタオルくらいだ。今は夜だから余計寒い。

「なんと!? ぬしは自らそのような格好をしていたのではないのか!!」
「テメェと一緒にするな変態竜」

バンッとテーブルを叩いて立ち上がったハンスに、レンが目を細めて言う。……ハンスは寒くないのか?

「……アルフさん。衣類は探しに行く以外に、手に入りそうにないよ?」
「そうそう! 僕らも1着しか持ってないし!」

ナユタとルーは俺にそう言う。…探しに行くって、一体どこに……

「僕が一緒に探してあげる! 行こ、アル兄!!」
「待てルー。今の時間帯は危険過ぎる。明日にしとけ」

立ち上がったルーの襟を掴んで、走って行こうとしていたルーをレンが止めた。……“アレ”とかいうやつが出るんだったな。いろいろと危害を加えてくるらしいが…

「えぇ〜!? アル兄がずっとこんな格好じゃ可哀相だよ〜」
「気にしなくていいよ、ルー。明日でも一緒に探してくれるんだろ? 危険を冒してまで探すものでもないさ」

駄々をこねるルーに俺はそう言った。……一晩寒さを我慢すれば良いだけだ。

「それならワシの所で寝るがよい! ワシと一緒に寝れば寒さも忘れるというものよ!!」

……確かに、ハンスと一緒に寝れば、暑苦しいくらいだろうな。寒さ対策は十分だろう。

「それならハンスに頼も―――」
「やめろアルフ!!」

突然レンが大声でそう言い、こっちに手を伸ばしてきた。……? どうしたんだ?

「では行こうかの、アルフよ!!」
「―――のわっ!?」

突然俺の体が何かに持ち上げられた。……その何かは、ハンスだった。
お姫様抱っこの状態にされた俺は、為す術もなくハンスに連れていかれる。

「ハンスさん、何する気!?」
「ナユタ、あのジジイを止めるぞ!!」
「だ、ダメだ!! もう鍵を閉められるよ!!」

部屋に入ったハンスは、どうやってか知らないが部屋に鍵をかける。…部屋の外から喚かれる言葉が気になる所だが……

「…あやつらも分かっておらぬのぅ。こういうことは、少しずつ育んでゆくものであろう?」
「いや、さっぱり意図が掴めないんだが…」

ハンスの言葉に多少の不安を抱きつつも、部屋の大きなベッドに寝かされた。

「ワシの見つけたお気に入りのベッドじゃ。…安心せい。ワシはまだ何もせん」
「…そうか。それは良かった……」

……まだ、という言葉が気になって仕方ない。

「さて、今日は早く寝るとするかの。ワシもアルフの衣を探すのを手伝ってやろう」
「…ありがとう、ハンス」
「……なに、礼には及ばぬよ」

その言葉とともに、ギュッとハンスに抱きしめられる。……暑苦しい。が、そんなに嫌でも無いかもな……
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