混沌的世界戦記・ヴィジュアル侍乱闘編

□第三話 彼が彼女になった理由(わけ)
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過去

それが名誉なものほど、他人に教えたいもの
それが不名誉なものであったり、恥ずかしいものであったり、悲劇的なものであったりするほど、隠しておきたいものである…

第三話 彼が彼女になった理由(わけ)

万屋集団 木綿豆腐 店舗内
電卓片手に、昨日の仕事で得た報酬を勘定する舞楽と、来客用ソファーに腰掛け、金メッキの施された電動恐竜の埃を丹念に拭き取るギィティールの姿があった。
「ねぇねぇ、姫知らなぁい?」
間延びした口調で、熊のぬいぐるみを抱えたミルフィーが階段を下りながら、二人に問い掛ける。
「そう言えば朝から見かけねぇな」
ギィティールも見かけていないようだ。
「姫さん居ないっすか?」
調理場から現れた智伽も彼を探していた。
「今日はあの日だからね…」
そう言って舞楽はカレンダーを見つめる。
「…そうだったな」
ギィティールは、寂しそうな口調で窓の外を眺める。
「あの日ってなぁに?」
疑問に思ったミルフィーは二人に聞いてみた。
「そっか、ミル姉や智ちゃんは知らないんだよね。今日はね、姫の師匠の命日なんだよ」
彼女の口調は重苦しく感じた。
「いい機会だから教えておくね。何故、姫は自分の事を姫と呼ばせ、女装しているのかを…」

世界歴2032年 天魔京 東地区
比較的近代化の進んだ街並にあって、やや異彩を放つ古風な建物が一軒あった。
看板には

藤代戦闘訓練所

と記載されていた。
その建物の中に、ジーンズの上下を着た、小柄で腰までの長髪の人物と、黒地に金の花魁の様なド派手な着物の両脇に大胆なスリットが入ったヴィジュアル系な衣装を着た、前から見るとおかっぱ頭で後ろから見ると耳が出ている奇妙な髪型で大きな赤いリボンを付けた女性が、魔法の稽古をしていた。

この世界の人間は、生まれながらに、火・水・土・風の四元素の内のどれかを主属性として持っており、訓練によって魔法を使えるのである。更に鍛練する事により、相反する魔法以外の属性も修得出来るが、魔法を使う職業や駆除師を志す者以外は鍛練出来ない様に法律で決まっていた。
中には、生まれ持って上記以外の属性である雷・幻・光・闇といった

裏属性

を身につけてしまう事もあるらしい。

「雪千代君。今日はこの辺にしておこうよ」
ヴィジュアル系花魁衣装の女性は疲れたような表情で、傍らで一心不乱に魔法練習を行う雪千代に語りかける。
「師匠が先にへばってどうするんすか!」
その場にしゃがみ込む師匠に呆れる雪千代。
「師匠って呼ばないでよね。恥ずかしいよ」
そう言って顔を赤らめるこの女性の名は

藤代 比女(ふじしろ ひめ)

と言う。歳は雪千代より8歳年上ではあるが、見た目は17歳の彼と大差ないように見える。
二人とも顔つきが似ており、一緒に歩くと姉と弟に見られる事が多い。

女性が師範代であるがゆえに、自然と門下生は減り、現在残っているのは雪千代のみ。
しかし、先代が残してくれた遺産により、現在の状況でも食べていけるだけの蓄えがあるので、どうにか営業する事が出来ていた。
彼女が店を閉めない理由はもう一つあった。
自分の事を慕ってくれる門下生。雪千代の存在である。

男性は女性より優位に立ちたい動物なのだが、彼はどうやら違うらしい。
自分の言う事を素直に聞き入れ、あまつさえ、師匠と呼んでくれる。
それが彼女には、何よりの励みであった。
「今日は何食べたい?」
優しく微笑みながら比女は雪千代に夕食を尋ねる。
「ラーメンが食べたいです!!」
好物のラーメンを要求する彼の笑顔は、彼女の疲れを忘れさせてくれる。

こういった何気ない時間が、比女にとっては至福に感じられるのであった。

たった一人の門下生、雪千代の成長は目を見張るものがあり、教え込んだ技術のほぼ全てを吸収していった。
ただ違う点は、彼の主属性であった。



という裏属性を主属性として生まれた彼に、主属性・水を持っている比女は、その能力を伸ばしてやる事は出来なかった。仕方なく、自分同様に水の魔法を教え込むが、そこでも彼は才能を発揮し、彼女に匹敵するまでに至った。
「そろそろ卒業だね」
茶の間でお茶を啜りながら、比女は嬉しそうに話しかける。その言葉を聞いた雪千代は、大袈裟すぎるぐらい慌て出した。
「いやいやいや、自分なんてまだまだですよ!もっと師匠に教わりたいですよ!!」
相応の実力を持ちながらも、彼は気が弱く、自分に自信が持てていなかった。それ故に、何度となく卒業を促しても、雪千代は比女に師事し続けていた。
「…もう教える事は無いんだよね」
はにかみながら答える比女に彼は真剣なまなざしで詰め寄る。
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