novel

□うもれてゆく体、時々心
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乾いた砂のにおいに吐き気がした。
埃まう大地に覚える僅かばかりの嫌悪感。
いななく突風に瞬時目を覆いこのまま逃げだしたくなる。
一度死んだ体は吐き出すようにやるせなく巡る血でもってようやくここに立つ。
先程到着したこの砂ばかりの国は何の因果か。
のけ反りそうになる恐怖というものを初めて知った。

「どうしたの ルフィ」

耳の奥をくすぐる高い声。
沈みゆく太陽をうつした見事なオレンジ色の髪が軽く弾んでこちらをむいた。

「あんたなんかへんよ さっきから」

後ろをついてきていたはずの女はいつの間にか前を歩いていた。
ふりむいた顔が不安げに揺れている。
なんでもねぇとそっけなく答え、直ぐに女を追い越した。

歩けども歩けども、踏み締めるは砂ばかり。
遠く見える緑広がる町並みは蜃気楼か。
歩けども歩けども、先程からの背筋の悪寒は収まることがない。
死の化身、黒い犬が纏わり付いて離れない妄想。


それにしても寒い。
死の縁にたってはじめて感じた寒さ。
沈みゆくからだ。
痛みはなく、ただ敗北の悔しさと驚きと。
しかしその思いもいつの間にか消え、ただ心は静かだった。
仲間を、赤髪を、ワンピースを、海賊王を、思い巡らすことはもうなく訪れる突然の暗転。

無の世界。
これが死か。

それにしても寒い。
ああ寒い。
寒い。寒い。寒い。

「ルフィ」

鈴を転がしたような、不安定に響く声。
熱の篭った赤い唇がゆらゆらと揺れている。

「あんた 具合がよくないみたいよ 船へ帰りましょうよ」

女の細い指が、自分の無骨な腕を掴んだ。
風呂が好きな女の白い肌を汚したようで、少し申し訳ないと思う。
けれど触れる掌の熱が心地よくて。

「あったけぇ」

思わずついてでた声は上擦っていて、まるで冬眠から目覚めたかえるのように不細工だった。
そんな心などおかまいなしな女は、自分になんの了解もとらないままに肩に腕を回し抱き着いて言った。

「もう 大丈夫よ」



耳元で聞く女の声は、甘く、その言葉は、震える背後の悪寒と黒い犬の影を追い払ていった。
絡み付く女の腕は暖かく、しずみゆく体をすくいあげるに十分だった。

足元に纏わり付く砂も、舞い上がる砂埃も今だけは忘れてしまったほうがいい。

あと少し。

あと少しだけ。










end.



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