第四楽章【雨垂れ】

―――スフォルツェンド

城の中はまるで台風が去った後のようだった。
廊下中の花瓶は倒れ、立派な鎧は無惨にも四肢がバラバラになり床に転がっている。
「…い、一週間でこの有り様とは…」
パーカスはひとり、廊下を徘徊しながら眉をひきつらせる。
「しかしこれも全て…ん?」
ふと廊下に立ち並ぶ扉のひとつが、わずかに開いていることに気づいた。
あの部屋は確か大神官クラーリィ・ネッドの部屋では…
そういえば最近姿を見ない。どこか体調でも…?
パーカスは扉に近寄り、そっと部屋の中を覗いた。

ずざっっ

確認するがいなや、パーカスは勢いよく後ろへのけ反った。
中にいたのはテーブルに顔を突っ伏し、しくしくと涙を流している大神官の姿であった!
「ク、クラーリィっ!」
慌てて駆け寄り顔を上げさせると、顔面蒼白、その目は虚ろで、大神官という威厳をまるで失ったクラーリィがいた。
「ク、クラーリィ・・・」
クラーリィはパーカスの呼びかけにわずかに反応して目を向けると、ゆっくりと口を開いた。
「お、王女・・・王女は・・・」
いつもの彼からは想像もつかないような弱々しい声で、そう口にした。
やはり王女のことが原因であったか・・・。
しかしフルート王女ひとりのためにこんな姿になってしまうとは・・・
この男、よほど王女のことを・・・
「王女は今も捜索中だ・・・。その間王子が王女を捜し回って城中をひっくり返したおかげで城は廃城のような有様に・・・」
そのときパーカスの言葉をさえぎるようにクラーリィの拳が机を叩いた。
机の上で強く握りしめた両手は小刻みに震えている。
「オレの・・・オレのせいで王女が・・・っ」
この一週間、フルートに対する申し訳なさと後悔で胸が押し潰れそうだった。
と、同時に激しい羞恥にもかられていた。
「・・・オレはなぜ王女にあんなことを・・・」
「・・・あんなこととは?」
はっ!!
弾かれたようにパーカスの顔を見ると、なんともいえない表情がクラーリィへ向けられていた。
疑うような、呆れるような・・・
「・・私は、王女は女王位継承のことを気に病んだゆえの失踪だと思っていたのだが・・・?」
「あ、いや、そ、そうなのだが・・・」
「クラーリィにも何か原因があると?いや、この王女失踪に関する原因を作ったというのだな?」
す、鋭どい・・・
「す、すまんが少し頭を冷やしてくる・・・」
クラーリィは文字通り逃げるように部屋を後にした。



フルートがクラーリィの腕の中から走り去って一週間、城中の魔法兵団を屈指してもなお、未だフルートは見つかってはいなかった。
女王ホルンの水晶や、リュートの法力を使っても、だ。
『王女は今一体どこで何をしているのだろうか・・・』
オレがあんなことをしなければ・・・

王女に仕えて数年、もう一人の兄のような存在でいたつもりだったのに。
自分のこの気持ちも、妹に対する親愛のようなものだと・・・
「だめだな・・・どうも・・・自分の気持ちが制御できなくなってきている・・・」
この気持ちが妹に対する気持ちではないということに気が付いたのは、フルートに「結婚」というワードがちらつくようになってからだった。
あるときホルンとリュートの、フルートの結婚に関する会話を偶然聞いてしまい、それから毎晩眠れなくなった。
『王女が・・・結婚・・・』
フルートが自分の知らない男と結婚し、子供に囲まれている姿・・・
想像する度に胸が締め付けられ、目が醒めてしまう。
苦しくてたまらなかった。

最初こそ「これが妹を嫁に出す心境なのか」と思ってみたりもしたが、次第にその結婚相手を自分とすり替えるようになっていることに気づいた。
そこで初めて、この長い長い間、フルートに対して抱いていた気持ちが恋だと自覚したのだった。

「やあ、クラーリィ」
背後から声がして振り向くと、リュートが立っていた。
笑顔を浮かべてはいるが、目のクマや覇気のない声などから、日々のフルート捜索の疲れが伝わってくる。
『そういえばこの廊下の有様は王子のものによると先ほどパーカスが言っていたな・・・』
思えば昔から妹思いの方だった・・・
王子がまだ子供のころ、かくれんぼをしていて足を踏み外した王女が川に流されたり、
鬼ごっこの最中にタカに連れ去られたりしたときは王子が一番に王女を助けに走っていった・・・。
『しかし・・・今思えばなんてタフな王女だったのだろう・・・』
「クラーリィ、僕は間違っていたのかな・・・」
ふっとリュートの顔が曇る。
今にも泣きだしそうに瞳をうるませている。
「いくら母さんのことがあるからっていきなり結婚だなんて・・・。フルート、すごく動揺していたのに、無神経だったよね・・・」
「王子・・・」
リュートははあ、と溜息をつくと、窓に目をやった。
「フルートはきっと、城外へ出てどこかの村か街にいると思うんだ。城外の様子は母さんの水晶や僕の法力じゃ分からないから、きっと・・・」
悲しげに顔を歪めて窓の縁に腕を乗せると、顔をうずめた。

・・・・・これは・・・非常にまずい。

『王子は完璧に結婚のこと「だけ」が原因だと思っている・・・』
このままでは王子は自分を責め続けて・・・
禿げてしまうかもしれない。
それに、今までに見たこともないほど苦しむ王子を、これ以上見ていたくない。
クラーリィは意を決し、恐る恐る口を開いた。
「お、王子・・・」
「・・・ん?どうしたの、クラーリィ」
リュートは腕に顔をうずめたまま返事をした。
クラーリィはごくっと唾を飲み込んだ。
「王女は・・・フルート王女は結婚のことだけが原因で城を出たのでは・・・ないと思います」
「・・・どういうこと?」
リュートは顔を上げると、クラーリィの方を向いた。
眉を寄せ、次に発せられる言葉を待っている。
クラーリィは深呼吸をひとつすると、目を固く瞑って真実を口にした。
「実はあのあと・・・俺が王女に・・・」
「え?」
「お、王女にキ・・・キス・・・を・・・迫ってしまって・・・それで・・・」
そこまで言って恐る恐るリュートを盗み見ると、リュートを震源地とした地響きが起こっていた。
クラーリィはただごとではないリュートの様子に、腰が抜けてしまった。
「お、王子・・・!?」
「な、な、な、な、」

ずごごごごご・・・・

ついに地割れが起こった。
クラーリィは短い悲鳴をあげると、ただひたすら土下座を繰り返した。
「す、すみませんっ!すみませんっ王子!このクラーリィ、煮るなり焼くなりなんなりと・・・っ!」
リュートは一歩一歩踏みしめながらクラーリィに近づいてくる。
口元には引きつった笑みが浮かんでいた。
「君は・・・兄の僕を差し置いて・・・フルートに・・・フルートにィ・・・・・」

差し置いてってなんだ!?

クラーリィは命の危機を感じながらも、そうつっこまないわけにはいかなかった。

「言っておくけどねぇ・・・フルートのファーストキスは僕なんだよ・・・クラーリィ・・・!!」
きっと王女が赤ん坊のころのことなのだろう・・・と想像がついた。

ついに死の呪文を唱えだしたリュートに、クラーリィは叫び声をあげた。
「でっでもっ!できなかったんです!王子ッ!」
それを聞いたリュートは、わずかに残っていた理性で呪文を唱えるのをやめた。
「・・・・してないの?」
「は、はいっ・・・!」
「なあーんだ!」
リュートがほっと息をついて笑顔を見せた瞬間、地響きはおさまり、クラーリィに迫っていたどす黒い死の霧は消えていった。
『あ、危なかった・・・!』
クラーリィは心の底から安堵のため息を漏らした。
「でも・・・俺のせいで王女は城を飛び出して・・・こんなことになってしまったんです」
俺との結婚のことを聞かされた王女は、思わず王室を飛び出してしまった。
後を追うと、王女は「気にしないで」と言ったんだ。
「俺は・・ショックだったのかもしれません・・・。自分との結婚を拒否されたようで・・・」
いや、実際に拒否をしたのだ、王女は。
きっと俺との結婚は、ホルン様や王子が勝手に決めたことだと・・・思ったのだろう。
でも、違った。
俺は王女のことが好きで、望んだことだったのだから・・・

黙ってクラーリィの話を聞いていたリュートが、静かに口を開いた。
「クラーリィ、君が初めて僕と母さんにフルートへの想いを告白したとき――僕はよかったと思ったんだ」
再び窓の外へ目を向けると、眩しそうに目を細めた。
「なんとなくそんな気がしていたし・・・クラーリィなら、いいと思ったんだ」
「王子・・・」
「だからフルートが納得するならって・・・」
リュートがそう言いかけたとき、長く伸びた廊下の曲がり角から魔法兵団の一人が姿を現した。
満面の笑みを浮かべて二人へ走り寄ってくる。
「王子!リュート王子!朗報ですっ!王女が、フルート王女が見つかりましたーっ!」
二人はばっと顔を見合わせる。とたんに笑顔がこぼれた。
この上ない喜びが全身を駆け巡った。
「よかったあっ・・・!無事だったんだね、フルート・・・!」
「王女・・・!」
「よかったですね!王子、クラーリィ殿っ!さっそく城の者全員に報告を・・・ ん?ぎ、ぎゃあああぁぁ――・・・」
しかし、朗報を伝えてくれた兵は無残にも、リュートが先ほど起こした地割れに足をとられて真っ逆さまに落ちていった・・・

「・・・。」
二人は地割れを覗き込み、互いに顔を見合わせた。
よし、今のは見なかったことにしよう!とリュートの瞳が語っていた。
「僕、今からフルートを迎えに行ってくるよ、クラーリィ」
「王子自ら・・・ですか?」
「うん!早くフルートに会いたいし・・・クラーリィは顔を合わせづらいだろう?」
「・・・う・・・」
リュートは立ち上がって両腕を上へ伸ばし、大きく深呼吸をした。
「ああフルート・・・早く会いたいなあ・・・!」




その頃、ハーメルとライエルは肩を並べてアンセムの街中を歩いていた。
「なになに・・・玉ねぎと鶏肉は買ったから・・・あとはじゃがいもだけだね」
「まーったく母さんも人遣いが荒いよなあー」
「まあまあいいじゃない。こうしてハーちゃんと二人きりで出掛けるのも久しぶりだしさ」
ぶつくさ文句をいうハーメルに、食材が書かれたメモを手にしたライエルはウィンクをしてみせた。
ハーメルは眉間に皺を寄せる。
「お前・・・そーゆーことを言うからサイザーに誤解されるんだぞ」
「へっ?」
「まあいいけどな・・・」

空は雲ひとつない快晴が広がっている。
そんな絶好の散歩日和に、二人はパンドラに頼まれた食材を求め、歩を進めていた。
「おっ、ライエル見ろ!珍しーもんが売ってるぞ!」
「もうハーちゃん、まだパンドラさんに頼まれたもの買い終わってないんだから・・・」
見るからに怪しげな露店の前で足を止めたハーメルを置いて、ライエルは近くの八百屋で買い物を済ませた。
ハーメルはなにやら不気味な笑い声を上げる干し首をしげしげと眺めている。
ライエルは、ハーメルのいつもの『変なもの好き』が始まった・・・とため息をついた。
「いいか、ライエル・・・なんでもこの干し首は三千年前に無念のうちに死んだ王の首らしくてな・・・。
ひとたびコイツに気に入られると一生不眠症となりお肌はボロボロ、クマだらけの・・・」
「もー!そんなもの置いて早く行こうよーっ!」

なんとかハーメルを店から移動させると、二人は休憩を兼ねて公園のベンチに腰を下ろした。
「今日は本当にいい天気だね!フルートちゃんやサイザーさんも誘えばよかったなあ」
ライエルは大きく伸びをした。春の陽気が心地いい。
『そういえば、フルートちゃんがハーちゃんの家に来てからもう一週間かあ・・・』
日が沈んだ暗い森の中で、初めてフルートに出会ったときのことを思い起こす。
何か思いつめたような目をしていた・・・。
『あの子はきっと何か大きなものを一人で抱えているんだろうな・・・』
ライエルは隣に座るハーメルの顔をそっと盗み見た。
曲げた膝に片肘をついて顎を乗せ、目を閉じている。
黙っていれば本当に申し分のない美青年だ。
「そういえばフルートちゃん、僕らがいない間にベッドから起き上がれないほどの筋肉痛になっていたけど・・・あれって・・・」
隣に座った"美青年"はふっと目を開き、深い真紅の瞳でライエルを見つめた。
男のライエルが惚れ惚れするほどの美貌の持ち主だというのに、彼女イナイ歴=年齢なのは・・・
やはりなんといってもその性格が原因だろうか・・・。
がははははという下品な笑い声とともに、"美青年"の面影は跡形もなく消し飛んだ。
「ライエル〜!あいつはすげえぞー!」
ハーメルはベンチから立ち上がり、瞳をキラキラと輝かせて握りこぶしを作った。
「あいつ、オレが今までにマリオネットで操ってきた奴らとはケタ違いに操りやすくてだなあー!」
「なっ!ハ、ハーちゃん、フルートちゃんにマリオネットを使ったのかいっ!?」
「フフフフ・・・今度からはあいつを使って金儲けするぜー!」
ハーメルの高らかな笑い声が青空へ吸い込まれていく・・・。
ライエルは親友の曲がりくねった性格に、ただ引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。
それにしても・・・
「なんかハーちゃん、フルートちゃんが来てから楽しそうだね!もしかして・・・彼女のこと気になってるんじゃないのかい?」

ゴンッ!

ライエルの後頭部をハーメルの拳が思いっきり殴りつけた。
「てってってってめー何言ってやがんだあー!だあーれがあんなちんちくりんをー!!」
「・・・ハ、ハーちゃ・・・ん・・・」
素直じゃないんだから・・・
遠のいていく意識の中でライエルは、顔を真っ赤にして叫ぶ親友を温かい瞳で見ていた・・・


家につくと、パンドラとサイザー、フルートが夕食の準備をしていた。
「あら、おかえりなさい。ハーメル、ライエルくん」
「随分遅かったな・・・ん?頭、どーしたんだ?ライエル」
「あっ!サイザー、お鍋ふきこぼれてるっ!」
フルートが素早くコンロの火を消す。
「こらこらサイザー、火を扱ってる時は目を離しちゃダメよー。ありがとう、フルートちゃん」
「す、すまん・・・母さん、フルート」
「もうっサイザー、これじゃどっちが年上か分からないじゃないの!」
台所に笑い声が溢れた。
『もうすっかりこの家の一員になっているな・・・フルートちゃん』
ライエルはパンドラに食材の入った袋を渡すと、
「パンドラさん、今日も一緒にご飯をご馳走になってもいいですか?」
と聞いた。
「もう、わざわざ聞かなくたっていつも食べていってるじゃない。サイザーがいないときは来ないくせにねー」
パンドラがライエルの腕を小突く。
「パ、パンドラさんっ!」
ライエルの顔がみるみるうちに赤くなる。
「呼んだか?」
そこへタイミングよくサイザーが会話に入ってきた。
「うわわっ、な、なんでもないですよっ!」
「・・・なんか変だぞライエル・・・それにそのたんこぶだって」
「あ、ああ、これはハーちゃんが・・・」
「だあああっ!うるせーぞライエルッ!」
「どうかしたの?」
更にフルートが加わり、いよいよ事態は面倒臭い方向へと進んでいく。
「フルートちゃん、さっきハーちゃんがね・・・」
「ハーメルが?」
「らあぁいぃえぇるぅぅううう!!」
先ほどまで穏やかな空気が流れていた台所に一気に暗雲が立ちこめる。
「お、おまえの話なんかこれっぽっちもしてねーよっ!このちんちくりんがあ!」
「な、なんですってええ!? ・・・いたっ」
筋肉痛がまだ完全に治っていないフルートの左足に、小さく痛みが走った。
「それ見ろ!おまえがぎゃーぎゃーうるせーからバチ当たったんだぞー!」
「だ、だれのせいだと思ってんのよーっ!」
「あ!」
この珍騒動を起こした本人でありながら蚊帳の外だったパンドラが小さく声を上げた。
「一番肝心なもの忘れてたわ・・・」
ライエルが渡した袋の中身がテーブルの上に広げられている。
「今晩はシチューのつもりだったんだけど・・・肝心の牛乳をメモに書き忘れちゃったみたい」
確かに書いてなかったな・・・とライエルは思った。
パンドラはうーんと唸った。
「しょうがないわねー、今日は馬の首入りスープに変更だわね」
シチューの代わりがどんなものになるのか、もはや予想がついていた一同は間髪を入れずにパンドラの言葉を遮った。
「か、母さん!まだ日は高いし、牛乳くらい今から買ってくるよ!だから馬は・・・馬はやめてくれ・・・!」
サイザーの悲痛な叫びが届いたのか、パンドラは「そう?」とあっさり意見を翻した。
「悪いわね、サイザー。そうだ、どうせなら四人で行ってらっしゃいよ」
「うん!そうしようよ!今日は本当にいいお天気だからさ!」
ライエルの声が弾む。
その言葉にサイザーとフルートは顔を見合わせて微笑んだ。
「そういえば今日は一日家にいたしな・・・」
「じゃあ支度してくるわ!」
思いがけず、なんだか今日はわくわくする日だ。

エプロンを脱いできたサイザーとフルートを連れて、ライエルとハーメルは再びアンセムの街を歩いて回った。
「わあー!綺麗なお花!あんなに大きな煙突も!見て、サイザー!」
「おい、転ぶぞフルート!」
フルートは笑顔でサイザーの手を引き、花壇の並ぶ石畳を走って行った。
「なんだかフルートちゃん、初めて街を歩くみたいにはしゃいでいるね」
「なーんか世間知らずみてーなとこあるもんなーあいつ」
実際、スフォルツェンドの外へ出た回数は数えるほどであり、こうした街を歳の近い友達と歩くのはフルートにとって新鮮なことだった。
「それじゃあ僕は先におつかいを済ませてくるから、あとでまた合流しようね!」
「あ、おい・・・」
ライエルは一人、十字路を左へ曲がって行ってしまった。
残されたハーメルはそのまま十字路を直進し、遥か先へ行ったフルートの姿を見つけた。
何やらうずくまって道端の花に見入っているようだ。
「おい・・・サイザーはどうした?」
その声にフルートは驚いたように振り返った。
その瞳には涙が浮かんでいた。
「お、おい・・・フルート?」
ハーメルと目が合うと、慌てたように涙を拭って背中を向けた。
「あ、あれ?さっきまで一緒にいたのに・・・どこ行っちゃったのかしら・・・」
わざと明るい声を上げ、立ち上がった。
『こいつは・・・』

こいつは・・・何か大きなものを一人で抱えている・・・
初めて会ったときも泣きそうな顔をしていて・・・

「・・・何で泣くんだ・・・?」
背中を向けたフルートの肩が小さく強張った。
「・・・お前は・・・一体だれなんだ?」
両腕で自分の小さな身体を抱きしめている。
「どうして何も話さない?・・・何があったんだ?」

あれから一週間、フルートはなにも話さなかった。聞いてくる者もいなかった。
自分が一国の王女だということも、城を飛び出してきたことも・・・・・・

でも、でも本当は、こうして誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれない。
城を離れてーーー気持ちの整理がついてきたのかもしれない。

フルートはゆっくりとハーメルに向き直った。
優しい瞳でフルートを見つめている。

そんな瞳で見つめられたら・・・何もかも話してしまいたくなる。

「・・・ハーメル・・・実は・・・実は私ね・・・」


「フルート!」

聞き慣れた懐かしい声がフルートの名を呼んだ。

二人から少し離れた十字路のちょうど真ん中ーー
優しく微笑みを浮かべる兄、リュートが立っていた。






第四楽章【雨垂れ】 終



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