今日俺ss

□暗くて明るいかえりみち
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『あ・・・三ちゃんだ』
日が暮れ始めた薄暗い帰り道。
日直で帰るのが遅れた理子は家路を急いでいた。電車通学の彼女はただでさえ家へ帰るに時間がかかるのだ。
学校から駅へ行き、再び駅から家、と長い長い帰り道を想像してため息が出る。
理子の不安要素はつい最近この辺で女生徒ばかりを狙う変質者が出たということだ。
いくら長年武術をやっている彼女でも、過去には太刀打ちできない人間にもしばしば出会っている。
万が一を考えると、さっさと家へ帰りたいものだった。

と、そこへ見慣れた派手な金の色をした頭を見つけた。
一目で“軟高の三橋”と分かるそれは、すくめた肩に隠れ、なんだか元気がなさそうに見える。

理子は三橋の思わぬ登場にぱっと気分が明るくなった。
とはいえどうしてこんな時間に?またケンカでもしてたのだろうか。
たたたーっと走って近づき、小さな両手で思いっきりその背中を突き飛ばした。
「さーんちゃんっ!」
「うっぎゃああああ!!」
思っていたよりも凄まじく大きな叫び声に理子も思わず小さく声を上げてしまった。
「ななななんだコザルじゃねーかっ!びっくりさせんじゃねーヨ!」
勢いよく振り返った彼は真っ青な顔を引きつらせ、何かに怯えるかのように周囲を見回しながらぴったりと理子の背中にくっついてきた。
「ど、どーしたの三ちゃん・・あたしそんなに驚かそうと思ったんじゃないのヨ・・」
後ろから伸びてきて肩に乗せられた両手と、背中に触れる三橋の胸に理子の心臓は跳ねる。
「いや・・だってよお・・見ろよこの暗い路地を」
「・・暗い、わねえ」
改めて見てみると確かに暗い。
日はとっくに暮れ、見慣れた景色は闇に包まれている。
だろ!?だろ!?と理子の背中から顔を乗りだして言う。

どうでもいいけどもう少し離れてくれないかな・・・
というか女の子の背中に隠れるなんてサイテーヨ三ちゃん。

いつもの威勢はどうしたものか。軟高の三橋ともあろう者がこの始末だ。
「今日伊藤と佐川がこえー話してやがってよ、ヒトが一生懸命寝てるっつーのに目の前でよ」
「・・・。」
一生懸命耳を押さえて横たわり、背を向ける三ちゃん。
わざと聞こえるように大声で話すイトーちゃん。それを必死で阻止する佐川クン。
・・なるほど想像できるわね。

「メチャクチャの刑に処してやったケドよ、あいつらの話がどーも忘れられないんだ・・・」
小さくぶるっと震えるのが背中越しに伝わる。
路地の両脇に植えられた木々が風に揺られて音を立てる。まるで巨大な怪物のよう。
その度に彼は肩に乗せた手に力を込めた。

『三ちゃんオバケとかタタリとか苦手だもんね・・・』
ドキドキしつつもこんなに怯えてカワイソウだわと、“守ってあげたい”精神が沸き上がってきた。
「じゃあ三ちゃん一緒に駅まで行こうよ」
「な、なんだ理子こえーのか。しょーがねえなこの三橋様が駅まで・・」
自分は決して怖がってないとでも言うようなセリフに理子は軽く呆れた。
声が震えているので隠せてはいないのだが・・。
その瞬間肩から覗かせた彼の精一杯の自信顔が一瞬にして青ざめた。
「な、なに、どーしたのヨ」
「いいい、今、今、今、あっこになななんか」
やっとの思いで言葉を吐き出し、震える指で前方の公園を指した。
ガチガチと歯を鳴らし、肩に置かれた手に一層力がこもる。
「しっかりして三ちゃん!ヒトよ!誰かが通っただけよ!」
三橋が指す公園に彼を引っ張って歩く。
いやだああやめろおお理子おおおと、なにやら抗議の声が聞こえるが関係ない。
これ以上彼を怖がらせないよう、ちゃんとオバケなんていないことを証明してやるのだ。

公園の中に入ると、確かに木の陰に何かがいる。
木に近づくと、ほぼ失神状態の三橋に声をかけた。
「ホラさーんちゃんっ!よく見なさい!オバケなんかじゃないわよ!」
三橋はもはや涙目になり、全く怖がりもせずむしろ自ら恐怖へ向かっていく理子に驚愕していた。
「はわわわ・・り、リコ、お前食われたって知らねえぞ・・・」
次の瞬間、突然木の陰からなにやらトゲトゲとした大きな黒い物体が姿を現した。
予想外の生き物に理子も思わず声を上げた。
「うわわわわー!!出たあああーー!!ウニの霊だああああーー!!」
「きゃあああああ!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ理子ちゃん!」
その物体は現れた位置で動きを止め、聞きなれた声で話しかけてきた。
「・・い、イトーちゃん・・?」
三橋をついに失神させた大きな黒い物体の正体は、真っ黒な長ランに身を包み、高さ30センチほどのトゲトゲと逆立った髪を持つ三橋の相棒、
“軟高の伊藤”であった。

**********************
「三ちゃーんいいかげん起きなさーい」
「こりゃダメだな。もう放っといて帰ろうぜ、理子ちゃん」
横たわる三橋の顔をパタパタと手であおぐ。
あの瞬間に失神してしまった三橋をベンチに寝せ、外灯がひとつだけ点いた公園に三人はいた。
「大体なんだってこんな時間に三橋がいるんだ?」
「イトーちゃんこそどうしているの?」
「俺はちょっと用があって来ただけだよ。そーすっとコイツは・・・」
青白い顔で横たわる三橋に目をやる。
ん、と伊藤は何かを悟った。
「理子ちゃん、そういえば今日日直だったよね?」
「うん」
「はーんなるほどねぇ・・。だから変質者とオバケってわけか」
「え?」
いやそれがさ、と理子に向き直る。
どこかやらしい笑みを口元に浮かべながら。
「今日の放課後小林が変質者の話しただろ?そしたら三橋が訊いてきたんだよ」

おいイトー ヘンシツシャとユーレイとどっちが危ねえんだ?

「そりゃオメー変質者に決まってんだろって言ってやったら引きつった顔して帰ってったんだよ」
「ナーニそれ・・」
「さーねえ。そんときゃまだ五時っくらいだったのになんでこんな時間にこんなとこにいるんだかねえ」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべる理子をよそに、うんうんと一人で納得する伊藤。
と、背中に殺気を感じた。
嫌な予感がして振り返ると、いつの間にか意識を取り戻した三橋が、全身をわなわなと震わせていた。
「イトーーー!!」
「ま、待て三橋!オメーが勝手に勘違いしたんだろーが!」
「うるせー!!」
ぎゃあぎゃあといつもの言い合いが始まった。
「大体素直にいやー俺だってついててやったのによ!」
「ななななんの話だカッパ!」
「・・そんなんじゃいつか良くんに追い越されるぞー」

理子はいつまでも変わらない二人を温かく見守りながら、先程の伊藤の言葉を思い返していた。
ついさっきまで熱を帯びていた肩にそっと触れる。


「ありがと・・三ちゃん」

end

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