手塚ss

□お互いを
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夏が過ぎ秋の気配がし始めたある夜。
百鬼丸は川のそばにたき火をおこし、一人静かに虫の歌声に耳を傾けていた。
つい先日取り戻した左耳に、心地よい音色が流れてくる。
その歌声は、この上なく百鬼丸の心を落ち着かせた。
このなんともいえない空腹も。
「あーにきーっ!あにきあにきあにきあにきーっ!!」
歌声に突如大声が割り込んできた。
それまで途切れることなく流れていた声はぴたりと止み、代わりに腹の虫が鳴き始める。
「うるさいぞどろろ!」
声のする方向を睨みつけ怒声を送るが、空腹のためかどこか迫力がない。
むしろ今の一声により一層空腹が増すと同時にめまいがした。
こぼれそうな笑顔を浮かべ、先ほどふらりとどこかへ消えていたどろろは、百鬼丸めがけて一目散に駆けてきた。
さっきまでおれと同じ顔してたのに、と百鬼丸は疑問に思う。
「これが黙っていられるかってんでェ!むこうの村でメシ食わせてくれるってよっ!あにき!」
「本当か!?」
そいつはありがたい!
・・・が、この世の中、そんな都合のいい話があるのだろうか。
ふとそんな考えがよぎるが、今はとにかく腹を満たさねば。このまま二人で餓死なんて冗談じゃない。
百鬼丸は足元の刀を掴み、ふらりと立ち上がった。


「おいらに感謝しろよぅ、あにき!」
「ああ。おまえ、また盗みでも働くかと思ったがちゃんと人に頼んだんだな」
川へ行っても魚はとれず、山へ行っても木の実のひとつもとれない今日のような日は、
大抵どろろが大泥棒の仕事をやってのけるのだ。
「いいや!察しの通り米俵のひとつでも盗ってこようと思ったんだがよぅ、
その村の人が「メシならいくらでもやる」ってわざわざ招待してくれたんだい!」
いくらでも?招待?・・なにかがおかしい。
大体自分たちすら食べるにままならない状況に、見ず知らずの者(しかも泥棒小僧だ)に分け与える食べ物などあるものか。
百鬼丸ははた、と立ち止まる。
「村ってここか?」
「そうだ!確かこのへん・・」
そこまで言ってどろろの動きが止まる。
二人の目の前にはただ何もない野原が続いている。
「も、もう少し先だったかな・・」
目をまんまるにして苦笑するどろろ。
「いいやここだろう。・・・どろろ、お前は何を見てきたっていうんだ?」
「おいらがウソでもついてるってのかよう!いくらなんでもそんな酷なウソつかねえやいっ!」
わあわあと喚くどろろをよそに、百鬼丸はしゃがみこんで気を集中させる。
「妖怪の仕業だな。・・・おれの身体には関係ない妖怪みてぇだが」
「妖怪ーッ!?なんでェ、おいら妖怪に幻覚でも見せられてたってのかァ!?」
「そういうことだ。意地の悪ぃ妖怪もいたもんだな」
へなへなとその場に座りこんだどろろはそのまま首をうなだれた。もはや空腹で涙すら出ない。
立ち上がろうとした百鬼丸もとうとうがくんと地に尻をついた。

二人は野原に大の字になり、大きな夜空を眺めた。
満天の星がまるで笑っているように見える。
「腹減ったよぅ・・・あにきぃ・・・」
「・・・ああ」
こいつは明日までもつだろうか・・。
おれは我慢できるとしても、どろろはもう限界だろう。

普段から人一倍動きまわって笑って泣くどろろは、妖怪を倒す百鬼丸と毎日同じくらいの労力を消費しているのかもしれない。
ただでさえこんなに小さくて弱い身体だ。
「男」のおれとはわけが違う。

「どろろ、おまえはそこにいろ」
「へっ?あにきどこ行くんだよぅ」
「川へ魚でもとってくるよ」
「な、なに言ってやがんでい!そんなことしたらあにき死んじゃうよう!」
「おおげさだな。おれは我慢できるがおまえはもう限界だろう」
「いやだいやだァ!あにきが死ぬってんならおいらも死ぬんだい!」
「おいやめろっ!引っ張るな!」
ついに泣き出したどろろは、自分から離れて行こうとする百鬼丸の足にしがみついて懇願した。
「そりゃあ腹ぁ減って餓死寸前だけどよぅ!今あにきが行っちまったらおいらァ即死だァー!!」
「分かった!分かったから離せっ!」
ようやくどろろを足から引っぺがし、嗚咽を漏らす小さな頭に手を置いた。
「・・・変なやつだな」
ため息まじりにそうつぶやくと、自然と百鬼丸の顔に笑みが浮かぶ。

そういえばさっきからおれは怒ってばかりだったな・・
あのときだってどろろはおれの為に走って戻ってきてくれたのに・・


「・・変で悪かったなバカあにきぃ・・」
泣きながらも悪態をつける元気があるなら大丈夫だろう。

でも。それでも、こいつが大切だから。

「明日は食いっぱぐれねぇようにしようぜ」

小さくて温かい彼女をそっと胸に引き寄せ、母親のような、兄のような、恋人のような気持ちで両腕で包み込むとそのまま目を閉じた。



end

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