Librobreto UVerdaj tagoj

□白眠
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「−あなたのもう一つの故郷は、今時分どのような色を纏っているのでしょうか?」


己れの少し前を歩く小さな背中が、そっと問い掛ける。

氷河は一瞬、その問いの意味を掴みかねたが、ああ、そういう事か、と合点が行き、空を見上げながら答える。


「…夏に向けて樹々達が一斉に葉を繁らせるから−…日に日に緑が濃くなるな。……花も、空も…周り全ての持つ色が、力強くなる様な気がする。」


視界を灰色に覆い尽くす厚い雲と、それよりも地上に近い、白い雲が、どんどん流れてゆく。



―風が強いな、今日は。



何とは無しにそう思っていた氷河の耳に聞こえて来たのは、少女の、夢見心地な声色の、呟き。


「―そう。“力強い色”、ですか。」


氷河が視線を戻すと、こちらを振り返り彼を見詰める少女の、柔らかな笑顔が目に入って来た。


「きっと、全てが輝きに満ち満ちているのでしょうね。それは、生命が自身を全うする事に対しての、精一杯の自己肯定の顕れなのかも知れませんね。…どんなにか愛おしい色彩でしょうか。」


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少女は、両の手を胸の前で組み合わせると緩やかに目を閉じ、深い溜息をついた。

それは、人がその身にかせられた宿命の昏きを嘆く、悲劇的なものではなく―

―歓喜にうちふるえる心を鎮める儀式のように思われた。



遥か彼方へと馳せた憧憬の念が、巡り巡って今此処に、憧憬の対象である、正にそのものの手を引いて現れた、その刹那になされる、感情の漣。



雲が裂け、薄光がひとすじ、降り立つ。

この、果てぬ『白』に囚われた地に生きるものにとっての『希望の光』と言うには、余りにも頼りなげな輝き。

最果ての北に住まう人に似つかわしい、透けるような金の髪を―

―その美しい頭のかたちを際立たせる短髪を、氷河はとても好ましく思っている―

―風に弄ばせながら、少女―ナターシャは『白』に佇む。

先程よりもはっきりとした光が、ナターシャの身体に降り注ぐ。

その光の中、彼女は、満ち足りた眠りから醒めた幼子のような表情を浮かべると共に、静かに瞼を上げた。

少女を見つめ続けている自分に、何だか気恥ずかしさを感じた氷河は、足元に視線を落とす。

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図りがたい奥行きを潜ませた白い大地は、空との境界と言う、至極当然の存在と考えられているものですら、たやすくあやふやなものにしてしまう。

この感覚にひとたび襲われたなら、人は己れの存在すらも曖昧となるのでは、との恐怖に苛まれ、錯乱に陥るかも知れない。



彼等は、そのような、極限の精神世界に踏み止まり、長きにわたり生を営んで来たのだ。


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