Librobreto V

□この素晴らしき世界
1ページ/5ページ


―何と底冷えのする昏さであることか―





雲一つ無い星空であるにも関わらず、星々の優しい歌声はこの地に触れるよりも早くに、昏さが持つ無限の沈黙に呑み込まれ、届くは心亡き者の滂沱(ぼうだ)たる落涙の音(ね)ばかり。


―こびり付きそうな、数多の怨念の雫。



憎悪に苛まれた魂から止めど無く流れ落ちるそれは、花の香にも似た匂いを発するが、やがては腐臭に変ずる。





―普通の人間ならば、これらの事はこの場にいても気付くまい。

精々、得体の知れぬ身の内を戦慄させる何かが、周りで蠢いているのを感じる位であろう。

…尤も、このような場所に人が訪れるなどと、皆無に等しいが。



……それにしてもこの禍々しさは……生者と死者の念が混淆したものか。


…愚かしい事よ、想いを断ち切れぬとは。かつて神に忠誠を誓った者達だと言うに。






さて、夜明けには受けた命を実行に移さねば。






…此方へ向かって来る者がいる。聖闘士崩れでは無い…何者だ?―



近付いて来る気配の方へ意識を向ける。この昏さに、呑まれぬ何がしかの強さを持つ、儚い存在。



次第次第に近付いて来たその存在は私の正面まで来ると、其処で立ち止まった。

そうして、ゆっくりと跪いたのを、間近に風が巻き起こった事でそれと察する。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ