Donacoj
□此岸問答(しがんもんどう)
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「…おい、いつまでそこにそうしている積もりなんだ?」
渡し守は遂に痺れを切らし、問い掛ける。
渡し守―カロンは船上にしゃがみ込んで片頬をつき、その風変わりな人物を眺めた。
向こう岸からやって来たこの小舟が接岸されて暫く経つと言うのに、それに全く注意を払う様子も無く、縷々とした広大な流れを前に、『彼』は静かに佇む。
聖戦時、女神の聖闘士に木っ端微塵にやられ、自身も亡者の仲間入りした筈だったが、『神々の深い御意思』と言う、人間にしてみれば迷惑極まりない、神々の勝手な思惑により、カロンは再び櫂を手に、この忘却の河を行き来する任務に与っているのだった。
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聖戦前と何等変わる事の無い、鼠色の風景。
その中に『彼』が今、存在している。
まるで、墨汁に金の砂子をぶちまけたような印象。
今まで相手にして来た死人達とは明らかに何処か違う。
―厄介事は御免被りたいぜ、全く―
「…舟に乗るんなら、渡し賃を頂くぜ。銭が無ぇなら、乗せる訳にゃ行かねぇな。自力で河を泳ぎ切るこった。」
こんな奇妙な奴との係わり合いはさっさとお仕舞いにしたいと思い、御定まりの台詞をはくとカロンは、おもむろに立ち上がり大きく伸びをした。
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