Donacoj
□無声歌
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−ここからなら
雲にだって
飛び乗れるような気がする
地上よりもほんの少し空に近い特等席にいて、春麗は天衣の切れ端が流れ行く様子を眺めていた。
淡く濁った空の色は、それを映す瞳に遠い優しさと、ひとつまみの哀しみを与えた。
−わたしを
あの山の向こうへ運んで行ってくれる
雲はないものかしら
そんな彼女の問い掛けに全く耳を傾けるそぶりも見せない白い漂流者達は、柔らかな風の波に巻き込まれるまま、春麗の視界に入り込んでは出てゆく。
それが何だか淋しくて、目で追い掛ける事を幾度か繰り返したが、ただのひとちぎりの雲も、自分の願いを聞き入れるつもりの無いと言う事を漸く認めると、彼女は、ほっと軽い溜息を吐き、空を仰ぐのを止めた。
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地上に目をやると、薄絹のような霧が地を形づくるものたちを覆っている。
山々の悠然たる輪郭も、
樹木の清々しい緑も、
花々の明るい色彩も、
本来の生気を掠め取られた様にぼんやりとしていた。
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