Librobreto UVerdaj tagoj
□月下航海
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潮騒の音と潮の匂い。
冷涼とした空気が流れる此処では、熱の名残も掻き消された様だった。
アイオリアは、崖の上から海を臨んでいた。
彼の眼の前には広大な海原が、空の夜を映し出している。
今夜は波も穏やかな為に、一瞬、空の続きが地上にまで降りて来た様に思えるのだが、二つ目の月の、朧げな様が眼下に認められる事で、それは錯覚であると知らされる。
此処は昔、兄アイオロスが、暑さに中々寝付く事の出来ない幼いアイオリアをしばしば連れて来た場所だった。
ある時見た、海面に映る月の余りの美しさに、幼い弟は、この海を泳いであの月を手に入れるのだと言い出し、兄の制止を無視して此処から飛び込んだ事があった。
当時はまだ聖闘士としての能力も覚醒しておらず、訓練を受けていたとは言え、まだまだ未熟者故、勢い良く飛び込んだまではよかったのだが、海の波に翻弄され、海界どころか冥界への道を垣間見ると言う羽目に陥った。
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あの頃の様な、愛すべき単純さや無謀な冒険心は、十余年経った今となってはすっかり息を潜めてしまったが、それでも時として子供じみた行動を衝動的に取る事があり―
―所謂“童心に返る”と言うもので、かの鷲座の聖闘士曰く、「あんたは時々、訳が分からない」と言われる一因である―
―今まさにその衝動が沸き起こっていたのである。
アイオリアは上着を脱ぐと、もうひとつの夜空に飛び込んだ。
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