「神威っ・・・」
「どうしたんだ?すば・・」
其処で神威はハッとした。
昴流が抱えている血塗れの青年。
ソレを見た瞬間、神威も走り寄ってきた。
青年に血の気はなく、ぐったりとしていて、掛けている眼鏡のレンズにも皹が入っていた。
神威が手袋を脱いで、首筋に手を当てる。
「・・・息はあるけど・・どうしたんだ?」
「この人、僕のことを庇ってくれたんだっ。僕が村の人に襲われそうになった所を・・!」
「でも、コイツ・・狩人だ。そんな感じの匂いがする。・・・昴流、助けない方がいい。もう、駄目だ」
「そんなっ・・」
「左目が半分銃弾で抉られてる・・。助けられないよ」
「・・・この国には・・医者なんていないんだよね?」
「他の世界に連れて行くとしても、この体じゃあ移動に耐えられない」
破けた服。肉が抉れ、血が夥しい量を噴出している。
神威は青年の眼鏡を外し、胸に耳を押し当てた。
ドク・・ドク・・と、心臓は少し遅いスピードで血を送っていた。
昴流が神威に何故こうなったかを、詳しく話した。
周辺を見に行ってくると神威と離れて暫く歩いていると、急に銃を持った村人が飛び出してきた。
異世界の服を着ていた所為で、この村を支配しようと偵察に来た何処かの手下だと勘違いされたらしい。
村人は誤解を解こうとしている昴流の言葉も聞かずに、発砲してきた。
何発かが体を掠ったが、吸血鬼なので、治癒スピードは普通の人間の何倍も速い。
それを見て、余計に変な誤解を招いたらしく、銃口を向け、一斉に何十発と発砲してきた。
逃げると更に誤解される――そんな事を冷静に脳内で計算し、動かない事を決めた矢先。
いきなり青年が飛び出してきて、自分の身代わりとなって銃弾を受け止めたのだ。
『どうしてっ・・助けたんですか!?』
『貴方が撃たれるのを見ていられなかったから・・ですよ。・・・初めて会った筈なのに、・・・撃たれている姿を・・・・見ていられなくて・・』
か弱い声で、青年はそう言った。
それっきり何も話さなくなり、呼吸数も少なくなり、顔から血の気が引いていった。
昴流はこの世界に医者というものがいないのを、感じていた。
だから青年を引き摺るような形で、せめて神威に助けを求めようと、此処まで連れてきたという。
昴流は混乱していて、話が少し唐突な部分もあったが、兎に角、この庇ってくれた青年を助けたいらしい。
この瀕死状態の青年を助けるには、1つしか方法はない。
“吸血鬼の血を分け与える”。
だがそれはどうしても避けたかった。
狩人は匂いで分かる。
だから、この青年が本当に狩人で、仕事が吸血鬼狩りだったりしたら大変な事になる。
「神威っ!神威!」
「でも・・どうしようもない。助けちゃ駄目だ。・・吸血鬼になる前の傷は治癒しない、治るまでは苦しいままだ」
「・・でもっ、でも・・・・!」
「行こう、昴流。放って置いても死ぬ。・・・助けちゃ、駄目だ」
「そんな!見殺しに出来ないよっ」
昴流は青年の体を強く抱きしめた。
そして先に立ち上がった神威を見て、何かを言おうとして、言葉を飲み込んだ。
手首に牙を立て、血管を傷つける。
「・・・ッ、すばる!?」
「僕はこの人を生かせた罪を負わなきゃならなくなる。でも・・見殺しになんて出来ないよッ」
昴流は青年の首筋を軽く噛んだ。
それでも相当な痛みだったのだろう、青年の眉がピクと動く。
ゆっくりと開く、右目。
左目はまだ血を流している。
青年の霞んだ視界が、昴流を捉えた。
「・・無事、・・だったよう・・・ですね・・・」
「・・・・この血を、飲んでください」
「・・吸血鬼、・・・・・の・・血、ですか・・・・?」
「はい。早く・・飲んで、・・・・傷が開いてしまう」
手首を青年の唇の上に翳す。
ぽたぽたと落ちる血は、僅かに開いた青年の口の中へと吸い込まれていく。
・・・どうして、昴流・・
神威は瞳の色を変えて、昴流を見下ろしていた。
青年が血を全て飲む。
その瞬間に襲う激痛。
「・・・ッ、痛ぅ・・!!」
「我慢してっ・・。怪我をしていると血が和合せずに、そのまま転化出来ずに死んでしまうものがいるから・・・・」
「・・ど、う・・して・・・僕をッ・・?」
「・・・・・貴方と同じです。貴方を見殺しに出来なかったからです・・」
「優しい、んですねっ・・・・。・・、く!」
「・・・ッ・・!!」
ぎゅっと強く抱きしめる昴流。
暫くすると青年の呼吸が規則正しいものとなり、出血も止まってきた。
神威が顔を背ける。
どうやら青年が同じ血の吸血鬼だというコトが気に入らないらしい。
青年が儚い微笑を浮かべている昴流を見上げる。
昴流は袖で左目からの血を拭うと、「大丈夫ですか?」と囁いた。
「・・・命拾い、しましたよ」
「貴方の名前は・・・?」
「・・・・・・・――星史郎です」
「僕は・・昴流」
「すばる、君・・ですか。綺麗な名前だ・・・」
青年・・星史郎が微笑み、昴流の頬に触れる。
その瞬間神威がカッとなって、昴流の腕を引っ張った。
「駄目だ!ッ、やっぱりコイツ・・狩人だ!」
「え・・?」
「聞いた事がある・・吸血鬼狩りの男の噂っ。星史郎って言う名前の、若い男だって・・!コイツに間違いない!」
「・・・待って、そんなの・・」
「昴流っ!早く逃げよう!殺されるッ!!」
神威が昴流を引っ張り、星史郎を睨んだ。
次元移動の魔法陣が2人の足元で生まれた。
昴流がハッとして星史郎に振り返る。
「待って!神威!」
「やっぱり助けちゃ駄目だったんだ!こんな奴、さっさと喉を切り飛ばせばよかった!」
「神威っ」
「行くな、昴流!昴流が殺されるッ」
「でも!!」
解けていく、2人の体。
星史郎は体に鞭を打って立ち上がると、綺麗過ぎる微笑を昴流に向けた。
「・・また、会えますよ。是非、次に会った時にお礼をさせてください」
「本当に・・狩人なんですかっ・・?」
「ええ。・・・だから、会えますよ。次の獲物は昴流君だから」
「・・・ッ、なら!星史郎さんって呼んでもいいですかっ?」
「どうぞ。僕も昴流君に会いに行きますから。・・名前、覚えておいて下さい」
「・・・はいっ」
2人のギリギリの会話を聞いて、神威の怒りは頂点に達した。
昴流の体を抱きしめ、叫ぶ。
「やめろっ、昴流!俺を見てくれ!」
「・・かむいッ・・」
「俺を、俺だけを!ッ見てくれ!!」
「・・・・・!」
その時、神威の涙を見た昴流。
悲痛な神威の声だけを残し、2人の姿は光の粒子となり風に消えた。
・・・昴流君・・
残された星史郎は小さく心の中でその名を呟いた。
必ず、会いに行きますよ
何があっても・・必ず、君に
END