他校夢
□いつかのあの笑顔を、守る為に。
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もう…
何も信じない。
いつかのあの笑顔を、守る為に。
『ねぇスティング』
『なんだよ』
『大きくなったら、私、スティングのお嫁さんになってあげるね』
『なっ、何言ってんだよ…』
『約束だよ』
『お、おう…』
幼い時に交わした、遊びの様な、子供じみた約束。
だけど、幼心に、あの笑顔を、暖かくて優しい笑顔を、何があっても、守りたいと思ったんだ…。
クロッカスの綺麗な夜空を見上げながら、昔の事を思い出した。
幼い時の、無邪気な約束。何も知らないで、ただ、一緒に居られると願った未来。
「約束…か」
悲しげに呟き、夜空から視線を反らし俯いた。
昔を思い出しては、想いを馳せて、悲しくなる。だけど、もうその想いは届かない。
「あいつは…覚えてねぇーのにな…」
小さい頃、共に過ごした女の子。剣咬の虎(セイバートゥース)に入るずっと前から一緒にいて、スティングがギルドに入ってからも、幼馴染みとして一緒にいた。
彼女は魔道士ではなかったから、ギルドには入らなかったけど、それでも、変わらず一緒に居られる。居られるはずだった…。
大切だった。
守りたいと、思える子だった。
明るくて優しくて、人の痛みが解る暖かい子だった。
何より、笑顔が可愛くて、彼女が笑う度に顔を赤くした。
あの時の笑顔を。
これからも、その笑顔と一緒にいたくて、守ると誓った。
二人で過ごす未来の為に。
彼女を、どんな奴からも守れる様に、強くなろうと誓った。
彼女の為。友の為に強くなろうと誓った力。
でも、今のこの強さは、彼女を守る為じゃない。ギルドに、恥をかかせない為だけの強さ。
虚しいのは感じている。
だけど、もう、彼女を守る意味はない。誓いも何もかも、壊されたんだ。
「スティング君、眠れないんですか?」
「ちょっとな…」
心配そうな表情を携えながら、部屋の窓からレクターが姿を現した。レクターを一瞥し、歯切れの悪い言葉で告げる。
再び夜空に視線を向けるけれど、その表情は一行に晴れない。
スティングが心配で堪らないレクターは、ひょいっと身軽に、スティングが腕をついている柵に飛び乗った。
「桜子の事ですか?」
「まぁな…。考えても仕方ねぇーんだけどな。もう…俺が知ってる桜子は戻ってこない…」
確かに、スティングの言う通りだ。もう、スティングとレクターが知っている、優しい桜子はいない。あの笑顔は、もう見られない。
考えても意味はない。
だけど、頭から離れない。
そんなスティングを間近で見ているレクターには、返す言葉が見つからない。
レクターだって、桜子が大好きだった。そして桜子も、レクターが大好きだった。
思い出がたくさんある。忘れられない思い出が、たくさんある。
楽しかった思い出。
一緒に笑った思い出。
だけどあの日に、全てを塗り替えられた。昔の思い出が霞む程の、恐怖の思い出に…。
「考えてても仕方ねぇから、もう寝ようぜ」
「明日も頑張って下さい!」
「おう」
そう、考えてても仕方ない。
どうする事も出来ないのだから、考えるだけ無駄。
今は、大魔闘演武で勝つ事だけを考えるんだ…。
* * *
順調に勝ち進んでいく中、メンバーであるユキノが、人魚の踵(マーメイドヒール)のカグラに負けた。神楽の強さに驚きながらも、負けは負け。弱者は、セイバートゥースには要らない。
強い者しかいらない。
弱い者は即切り捨てる。それがマスターの遣り方。
スティングにはもう一度チャンスが与えられたが、完敗したユキノに、挽回のチャンスなどない。
皆の前で裸にされ、ギルドの紋章を消され、ギルドを去る。
そんな非情なマスターの遣り方に、口を挟む事無く、無言でマスターの傍に立ち、傍観者を決める美女が一人。
白いドレスを身に纏い、すらりとした手はお腹の前で上品に組まれている。
ユキノの辱めを見ていても、何も感じない。表情一つ変えない。まるで、人形みたい。
ユキノが去った後も、何事もなくマスターと会話を交える。
「ユキノの代わりに、ミネルバを入れる」
「了解しました」
「そろそろ帰ってくるのじゃろ」
「はい。夕刻までには戻るとの事です」
「そうか。もう下がって良いぞ」
「はい」
マスターの命には逆らわない。従順な僕。どんな命令にも、決して背かない。
きっと、敗者であるユキノを殺せと言われたら、顔色一つ変えずに、手を下せるだろう。それ程に、冷酷な操り人形。
視線を感じたのだろうか。不意にスティングと目が合った。しかし、その目は何も映していない。
光すら宿していない、暗い、深い闇のような瞳。
直ぐに視線を反らし、ドレスを翻しながらスティングに背を向けて去っていく。