企画集(てにす)

□紳士の真剣な恋愛事情
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諦めていた。
私なんかが付き合ってよい相手ではない。
それに、彼女に釣り合う男なんて沢山います。
わざわざ私が出向くことはない。
私はおとなしく、幼馴染みに収まっていることにします。
ぎくしゃくした関係なんて嫌ですから。
それに、私は彼女には釣り合わない。
どう考えても、私と彼女が釣り合うはずが御座いません。
こんな眼鏡の地味な私など、彼女が見向きもしないでしょう。
私に興味などないでしょう。
彼女との唯一の繋がりは、幼馴染みという関係。
それ以上の関係を、彼女が私に望む訳がありません。
幼馴染み以上を、望んでいるのは私だけなのです。
彼女は、望んでなどいないでしょう。
ですが、私は傍にいたいのです。
私に興味などなくていい。傍にいられるだけでいいんですから。
だから、利用するのです。
幼馴染みを利用して、傍にいることを望むのは、私の最低の悪あがきなのですから…。





紳士の真剣な恋愛事情





「桜子さん」

放課後の廊下で、柳生は擦れ違い様に幼馴染みに声を掛けた。
振り向いた彼女は綺麗な顔立ちに、優しい笑みを浮かべている。
ずれてもいない眼鏡を指で上に押し、緊張した気持ちをほぐそうとする。

「どうしたの?」

「今から帰るのですか?」

「ううん。これから委員会があるの」

「生徒会の集まり…ですか?」

「うん…。たまには出てこいって会長が煩くて…」

桜子は、心から嫌そうな表情を浮かべながら、肩を落とした。
相当、生徒会の集まりに行きたくないらしい。
いつも、用があるからと集まりに参加しなかった分のツケが回ってきたのだ。
たまには出てこいと、生徒会長に呼び出されて、渋々向かっている最中。
桜子の役職は、生徒会長の次に偉いとされる副会長。
しっかりものの桜子は、その性格を友達に評され、推薦されるままに、軽い気持ちで役員選挙に出てみた。
だけど、それがかなりの好評で、多数決の結果、桜子は副会長へと就任。
しかし、実際に仕事は会長が片付けてしまうから、副会長の桜子にはあまり仕事が回ってこない。
それを利用して、副会長はいなくても平気…などと思い、用事を最優先させていたのだ。
けれど、生徒会長直々に呼び出されてしまっては、行かないわけには行かない。
幸いにも、いつも最優先させている用事はまだ始まってはいない。
少し出るだけなら、あまり支障は出ないから平気だろう…と、桜子は考えた。

「大変ですね…」

柳生は、再び眼鏡をあげる仕草を見せた。
癖のようなもので、つい無意識のうちに染み付いてしまったもの。
しかし、その仕草をみて、桜子は何故かクスッ…と笑った。
桜子にしか解らない違い…。っと言うのだろうか…。
その微かな違いを見て、桜子は確信したように言った。

「バレないと思った?」

「えっ…」

何を言われているのか解らない柳生は、すっとぼけたように口を開いた。
しかし、桜子の言葉の意味が分かると、罰の悪そうな表情へと変えた。

「私の前で柳生ちゃんに変装しても、私が解らないわけないでしょう」

幼馴染みの桜子が、この変装を見抜けないはずはない。
小さい頃から一緒にいて、その姿を誰よりも近くで見てきた桜子。
何気無い仕草に、少しでも違和感があれば感じとることが出来る。

「ふっ……敵わんのぉ」

被っていたカツラと、掛けていた眼鏡を外した。素顔をさらした仁王は、悔しそうな表情を浮かべ桜子を見た。
仁王からは明らかに、やっぱり見抜かれてしまったか…という、落胆の色が窺えた。今度こそ騙せると思ったのだが、やっぱり幼馴染みには敵わない。

「私に見抜けないわけないでしょ?ずっと一緒にいたんだから…」

誰よりも近い場所で、誰よりも長い時間を過ごしてきたんだ。
解らない方が恥ずかしいくらいの時間を…。
だから、解らないわけがない。少しずつ育んできた時間は、誰にも崩せない。そして、その時間が育んできたものは幼馴染みという絆だけではない。
少しずつ…。それは育てあげられてきた。
いつ叶うかもわからない。期待しても、すぐに打ち砕かれて…。でも、また期待してしまう。
近いようで、一番遠い人のように感じてしまう時がある。手は届く距離。だけど、心は届かない。一番伝えたい言葉だけは、届かない…。

「それもそうじゃのぉ…」

窺うような仁王の視線。
桜子の気持ちに気付いている。だから、元気付けようと思い、変装して現れたのだ。
そんな仁王の思いも虚しく、桜子を悲しませることしかできなかった。
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