金銀花

□ただいま
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必ず…



必ず、帰るから…。



笑顔で、ちゃんと帰るから…。





ただいま





監察。
潜入捜査や張り込み。
スパイとして仲間と偽り、内部捜査を行ったり、敵地に忍び込んで重要な情報を得たりする。敵の弱み、弱点を掴む仕事。

敵に見つかったり、感付かれたりしたら最後。


失敗。
それは、時に死を意味する。


だからこそ、内部捜査に行く前は必ず願掛けをしていく。癖になっている様で、して行かないと落ち着かない。
胸ポケットに入れたお守りを取り出し、ぎゅっと握りしめる。
不思議と暖かくて安心する。全てが、上手く気がして自信が溢れ出してくる。

「よしっ!」

やる気と自信で満ちた山崎は、お守りを胸ポケットにしまい、いざ敵地へ赴く…。


* * *


「いい天気」

庭で、男達の洗濯物を干す。
冷たい風が肌に凍みるが、太陽は燦燦と輝いている。
真っ青な空。突き刺す様な冷たい風。もうすぐ、冬が来る。短い秋が、冬の到来を知らせている。

夏なら直ぐに乾いてしまうが、今の時期はそう簡単には行かない。でも、少しでも太陽の光に当てないと。太陽の光が、一番の消毒になる。冷たい風が邪魔して、上手く乾かない上に、手がかじかんで干しづらい。
手に暖かい息を吹き掛けながら、かじかんだ手を無理矢理動かす。

「冷たい…近藤さんに、乾燥機買ってもらおう…」

このまま洗濯を続けていたら、確実に霜焼けになってしまう。その前に、直ぐに暖かく乾いて、洗濯の時間が短縮できる優れ物を買ってもらおうと心に決める。
十分位で乾いてしまう様な、優秀な子がいい。そうすれば、家事の手間も省けて、自由の時間が増えていく。他にしたかった事も出来るようになるし、隊士達と、より仲を深める事も出来る。

「精が出やすねぇ」

「沖田君」

声が聞こえ振り向くと、縁側に背を預け、ふざけたアイマスクをした沖田がこちらを見ていた。


まさか、其処で寝ていたの?
っていうか何時から居たの?


今日は比較的暖かい陽気だけど、相変わらず風は冷たい。よくそんな中寝てられるな…。

「仕事はどうしたんですか?また土方さんにどやされますよ。っつーか、そんな所で寝ていたら凍え死にますよ」

「大丈夫でさァ。桜子が暖めてくれまさァ」

「暖めない。其処で凍えてて下さい。私は知りません」

「その冷たさに凍えそうでさぁ」

「勝手に凍えてろ。全く…」

サボり魔の下らない戯言に付き合っている暇なんて無い。
やらなくてはいけない仕事は山程あるのだ。掃除に買い物、お風呂の支度や夕食の準備。全てをこなさなくてはならない。
相手にしてられないと、沖田に背を向け、洗濯物が入っていた籠を持ち上げる。しかし、歩き出す事はなかった。

「ん?」

籠を持ち上げ、方向を変えようとした刹那、視界の端に誰かが映り込んだ。
誰だろうと顔を上げて、門の方を確認する。するとそこには、ボロボロの着物を身に纏い、ボサボサの髪の、疲れ切った山崎がいた。

監察の仕事に出たのは知っている。でも、あの姿からして、上手く行かなかったのは一目瞭然。
危険な仕事だと知っている。失敗が、何を意味するかも知っている。そんな中、無事に帰って来てくれた事が嬉しくて、山崎に声を掛ける。

「退君」

「えっ?あっ!桜子さん!?」

いきなり声を掛けられ、山崎は驚きながら振り向く。声を掛けた人物にも驚きを隠せない。
まさかいるとは思っていなかった。不意を突かれた気分だ。

「おかえりなさい」

「た、ただいま…です…」

笑顔に顔を赤く染めながら、山崎は視線を逸らして小声で返す。
でも、確かに聞こえた。帰って来たと言う実感が湧き、再び笑顔を浮かべる。

「着替えて来たら?着物、大分汚れてる」

「す、すみません!」

「謝らないで。お部屋に置いといて。後で取りに行くから」

「は、はい…」

気弱に返事を返すと、山崎は着替えようと所内に入っていく。
その姿を確認してから、桜子も仕事を再開しようと歩き出す。縁側へ入る際、そこにはまだ沖田がいる。


いつまでいるの?
早く仕事をしろ。


そう思うけど、敢えて言わない。だって面倒臭いから。話し掛けたら、余計に面倒臭いから。放っておく事にしたいけど、沖田はそうは行かせてくれない。

「相変わらず、山崎には甘いんですねィ」

「そう?」

「脱いだ服部屋に置きっぱなしになんてしたら、捨てるか燃やすか怒鳴るじゃねぇーですかィ」

「そうだっけ?」

「あいつの何処が良いんだか…」

「少なくとも、仕事サボる人よりはマシですよ」

そう言うと、桜子は再び背を向けて歩き出す。
基本、沖田には冷たい。いや、山崎以外の隊士には冷たいの方が、語弊が無くて良いかも知れない。
その理由自体が解せないけど、そんな簡単に人の気持ちなんて変える事は出来ない。渋々、納得するしかない。
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