金銀花

□それよりも愛が勝ってる。
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「えっ?まだ屯所内禁煙なの?」

「あったり前だろぃ。土方苦しめるんでさぁ。一生続くぜぃ…」


黒い笑みを浮かべながら、副長の座を狙う沖田に、思わずため息が零れた。

きっと、すぐに飽きる。
そして、他の方法に切り替わるに決まってるのに…。





それよりも愛が勝ってる。





煙草が吸いたいが為に、宇宙旅行に行き、ボロボロになって帰って来た。妙にすっきりした顔をして、土方は禁煙を宣言。
だけど、短気な土方が煙草を辞められる筈がない。しかも、かなりのヘビースモーカー。屯所内の誰もが、辞められるなんて思っちゃいない。

「土方さん?」

帰ってくるなり部屋に籠もった土方に、女中の桜子はお茶を届けにやってきた。
やけに静かな室内。本当にいるのかと不安になりながら、襖を開けてみると、机に向かっている土方の姿。その手には、煙草は握られていない。
桜子に気付き、土方は振り向く事無く口を開く。

「その辺置いといてくれ」

「はい」

いつもと変わらない声と雰囲気。何だか怖くて、取り敢えず桜子は土方の隣にお茶のお膳を置く。
本当に辞めたのだろうか。机の上には、灰皿らしき物はない。沖田が回収しただけなのか、本当に辞めたのかは解らない。

煙草を吸わない土方が想像出来ない。思い浮かぶのは、煙草を手に持っているか、咥えているかのどちらかだけ。

ヘビースモーカーの人が、そう簡単に辞められるなんて思えない。それに、似合っていたから、吸っていた姿、意外と好きだった。
本当に辞めたとなると、桜子からしたら寂しいものがある。

お茶を置いたにも関わらず、中々部屋を出ない桜子に気付き、土方は少し寂しげにしている桜子に視線を向けた。

「どうかしたか?」

いつもと変わらない。
いつもの、瞳孔開きっぱなしの表情。てっきり、禁断症状でヤバくなっているかと思っていた。

「いえ…本当に煙草お辞めになったのかなと…」

「あぁ。周りの皆にも悪いしな。それに…」

無駄に爽やかな笑顔。仏のトッシーみたいな笑顔。
禁断症状通り越して、なんか悟り開いちゃった!?

言葉の続き、嫌な予感しかしないんだけど…。


「そ、それに?」

「吸おうとするものなら、総悟が邪魔して来やがってよぉー!!『禁煙ですぜぃ』なんつって水ぶっかけ来るは消火器ぶっかけて来るはで、全く吸えねぇーし!!挙げ句の果てには煙草と灰皿目の前で燃やされて捨てられたしぃぃぃぃぃぃ!!!!あいつ何なの!?マジ俺殺す気かぁぁ!?あぁぁぁぁぁぁ!!!煙草の事が頭から離れねぇぇぇぇぇ!!!!!」

机に頭をぶつけ始めた土方。
穏やかな表情から一辺、般若の顔になっている。
禁断症状、通り越こして煙草に恋して会いたくても会えない痛い子になってるし…。
忘れようとしても忘れられない。まんま煙草に恋する乙女。

頭を打ち付けた所為で、書いていた紙が血だらけになっている。
そして、その紙を見てぞっとした。もう、恋する乙女じゃない。

「ひっ!なん…土方さん大丈夫ですか!?」

紙一杯に殴り書きされているのは、愛するあまり凶器と課した愛。
『タバコ』の文字が、もうちょっとしたホラーでしかない。山崎と一緒だ。『あんぱん』と一緒だ。

声を掛けた桜子だが、内心『もうダメだ…』と半ば諦め掛けていた。こうなったら、後は禁断症状の峠が越えるのを待つのみだ。

「っきしょー…総悟のヤロー…」

ブツブツと文句を言い始めた。
穏やかになったり爽やかになったり、怒って見たりと忙しい人だ。

でも、いつもきりっとしていて、何事にも動揺しない、いつもの格好良い副長じゃない土方を見るのも、意外と楽しかったりする。
弟分に虐められて、怒ったり怒鳴ったりする姿を見ていると、何だか安心する。

冷血で冷酷な判断を下す時の土方は、冷たい、暗闇を背負った様な眼差しをしているから。
心が無いなんて言っている人もいる。だけど、こんな人間らしい土方を見ていると、そんな事思えないから。だから、安心する。

「フフッ‥」

「何笑ってんだよ…」

思わず、桜子は声を出して笑ってしまった。
煙草と沖田に、こんなに取り乱している土方が、何だか可愛くて、思わず笑ってしまった。

笑われたのが気に入らない土方は、じぃーっと桜子を見つめる。

「いえ…すみません」

笑いながらお詫びをする桜子。
そんな桜子を、まだじっと見つめる。何となく、このイライラの解消方法が解った気がした。

いつも煙草を咥えているから、口に何か咥えていないと不安で淋しくて仕方ない。でも、煙草を吸えなくなって、今は何も咥えていない。落ち着くものが、何も無い。
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