金銀花

□不慣れな恋の行方は…?
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少しでも、話せるだけでいい。





不慣れな恋の行方は…。





「桜子ぉー」

廊下で呼び止められて無言で振り返ると、やる気の無さそうな白衣を着た教師が、片手に書類を持っていた。

少しだけ。少しだけ鼓動を高鳴らせた。
直ぐに解る。声だけで、不思議と直ぐに解る。だから、勝手に鼓動が跳ねたりする。けど、先生に話し掛けられるのは何時もの事で、何時も鼓動を高鳴らせているから、心臓が持つか日々心配である。

「何ですか?」

口を開くと、先生はにこっと笑い掛けてきた。そして、また鼓動が跳ねる。
先生の仕草一つ一つに、何時もドキドキしてしまう。
だけど、先生から見たら私は可愛い生徒でしかない。可愛いとも思っていないだろうけど。
私の問い掛けに、先生はご機嫌な様子で、言葉と同時に手も動かした。

「はい」

「えっ…」

差し出された物を思わず受け取ってしまい、私は呆れた。
何時もの事。何時も渡される物だから、この教師は…と呆れるしかない。

「これやっといて」

「またですか…」

渡された物は、クラスのテストの解答用紙と答案用紙。
教師なのに、だらしない性格の銀八は、極度の面倒くさがり屋。だからこうして、時々教師の仕事を放棄したり、人に押しつけたりする。
最初は、それでも教師か!と思っていたけれど、最近では気にならなくなってきた。それとは逆に、仕方ないと思えて来た。明らかな、心境の変化を表している。

「こんな事、桜子にしか頼めねぇからさぁ」


弱い…。
果てしなく、弱い。


一日に何回、ドキッとさせれば気が済むのだろうか…。
いや、私が勝手にドキドキしているだけなんだけどね。

銀八の、その言葉に私はハンパなく弱い。
そう言われたら、断れる訳がないじゃない。嫌だなんて言える訳ないじゃない。

「仕方ないなぁ」

そう言って、引き受けるしかないじゃん。
私の気持ちを見透かしている様な言葉に、私は慌ててしまう。

「じゃ!宜しくなぁ」

だって、伝える気なんてないから。告白する気なんて、一切ない。
銀八は私に背を向けて、歩いて行ってしまった。用が済むと、直ぐに何処かに行ってしまう。これが、銀八の気持ちなんだ。
この気持ちが本当なら、告白したって断られるに決まっている。それに、私と銀八は教師と生徒。恋仲になれる筈がない。
告白する気なんてないから良いけれど、でもやっぱり、銀八の気持ちが、私に向いてくれればいいなんて考えてしまう。

けど、そんな事は有り得ない。
三つ編みにした髪を弄り、深い溜め息を吐いた。

「はぁ…」

ぎゅっと縛った三つ編みに、分厚い眼鏡。それが私には良く似合う。
お洒落なんて、少しも似合わない。髪を下ろして見ても、眼鏡からコンタクトに変えたりして見ても、少しも似合ってない。
三つ編みと眼鏡が一番落ち着く。一番似合っている。
スカートを短くしても、やっぱり似合わない。長い方が私らしくて落ち着く。
女友達に「スカート短い方が桜子は可愛いわよ」なんて言われたけど、可愛くない事くらい、私が一番良く解っている。
こんな…可愛くなんてない。可愛くなんてなれない私に、銀八が振り向く訳ない。
銀八はもっと可愛い子の方がタイプ。男は誰だってそうでしょう?銀八だって絶対にそうだ。
私を頼ってくれているのは、クラスで主席だから。他に理由なんてない。

「はぁあ…コレ…早くやっちゃおー…」

そう呟き、教室に向かう為に歩き出した。
頼まれたなら、やらないと。こんな私でも、頼りにしてくれたなら、しっかりと仕事を片付けないと。って、本来なら銀八が片付ける仕事なんだけど…。
溜め息をつき、私は放課後の誰もいない教室で採点を始めた。
銀八に喜んで欲しくて。
私は何時も、銀八から頼まれた仕事はその日に片付けるようにしている。
可愛くなれない私は、銀八に、こんな事しかしてあげられないから─…。


* * *


「疲れた…」

やっと終わった。
採点って、意外と時間掛かるんだね…。と思いながら、銀八が待っているからと、一時間弱で終わらせた。早く銀八に届けないと。

「にしても…このクラス大丈夫なのかぁ?」

採点をしていて、クラスの平均点が著しく低い事に驚きを隠せなかった。
答案用紙に意味不明な事を書いている生徒なんて、何ら珍しくない。
きっと、真剣に答えているのなんて私くらいしか居ないと思う。ま、個性があって、皆凄く暖かい人だからいいんだけどね。採点も面白いし。
採点も終わったし、職員室に行かないと。多分、まだ帰ってないと思う。
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