金銀花

□届かぬ想い、胸に秘め…。
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眺めていられるだけでいい。


傍にいられるだけでいい。


あなたの笑顔を見られるのなら…


それでいい…。





届かぬ想い、胸に秘め…。





不毛な想いを抱いている。
一生、叶わない想いを…。



「近藤さん」

「おぉー桜子」

お盆に乗せたお茶を持って、部屋に入り、背を向けている近藤さんに呼び掛けた。
いつもの優しい笑顔を向けてくれる。それが嬉しくて、桜子も笑顔になった。
机の上には書類らしき紙が、くしゃくしゃと丸められ、散々していた。間違えては丸め、間違えては丸めてを繰り返している様だ。
沢山散りばめられた紙屑を横目に、桜子は近藤に近付く。

「あまり根詰めては体によくないですよ?少し休まれた方が…」

「あぁ済まない。だが…、どうも上手く言葉に出来なくてな」

桜子は近藤を気遣いながら、すぐ傍に膝をつき、そっと茶を置きながら言った。
お茶を持って来てくれた事に対しての詫びを言い、近藤は苦笑いを浮かべた。
その言葉を不思議に思った桜子は、近藤が丸めた紙屑を見渡した。そして、手元に置いてある手紙にも視線を向けた。失敗したのか、何も書いていない。

「何を…なさっていたのですか…?」

どうやら、仕事では無さそうだ。
仕事で、こんなに紙屑を出したりはしないだろう。
戸惑いながら聞く桜子。それに、近藤は照れ笑いを浮かべながら答えた。

「お妙さんに恋文でも出そうかと思ってな」

「恋…文…?」

「だが難しくてなぁー…」

穏やかに、嬉しそうに笑う近藤。
そんな笑顔から、桜子は瞳をそらした。

見ていたくない。
私に向けられた笑顔じゃない。
他の女に向けられた笑顔なんて…。



見たくない…。



その笑顔を、私に向けて欲しい。
我儘だって解っている。解っている。


でも…


思う事は自由だから。
決して口にはしない。


この思いを口にしたら、近藤さんの幸せを奪ってしまう。
だから…



言ってはいけない事なんだ。


すると、桜子は静かに立ち上がり、呟く様に言った。

「失礼致しました」

「お?もう行っちゃうのか?あ、そうだ!桜子はどんな文を貰ったら嬉しいんだ?参考までに」


そんな…、楽しそうに笑わないで下さい…。
無邪気に…、私以外の人へ差し上げる恋文について聞かないで下さい…。


でも、そんな事言える訳がない。


桜子は振り向かずに、返事を返した。

「文など頂いた事がないので私には解りかねます」


嘘…。
今、私凄い嫌な女になってる。
近藤さんから頂けるなら、私だったらどんな恋文だって嬉しい。
頂いた事がないなんて嘘。
私以外の女が、その文を受け取る事に、私は嫉妬しているだけ。


私以外にはあげないで…。


なんて独占が出来たらどんなに楽か…。
近藤さんは私のものじゃない。
私だけの人ではないのだから…。
独り占めなんて出来る訳がない。


そんな厚かましい事など出来ようか…?


「そうか…」


やめて…。
寂しそうな声で言わないで…。
あなたが…、笑っていなくてはいけない。
此処は、近藤さんが笑って生きていける場所だから。


寂しい思いなんてさせたくない。


「お役に立てずに、申し訳御座いませぬ…」

「気にするな。お茶、ありがとな。桜子のお茶が一番旨いな!!」

そう言われて、桜子は表情を綻ばせた。
近藤さんから褒められて、凄く嬉しい。
笑顔で笑いかけてくれる。それが、凄く嬉しい。

私を悲しくさせたり、喜ばせたり…。
落ち込むのも、立ち直らせるのも、近藤さんだけ。
私が泣いている時はいつだって近藤さんだ。
でも、笑う時もいつも近藤さん。


私の所為で、悲しく気持ちになんてなってほしくない。
近藤さんを喜ばせたいだけ。
いつだって笑っていて欲しいから。


桜子は、表情を綻ばせたまま、後ろを振り返った。

「有難う御座います」

嬉しそうな笑顔と共に、桜子はお礼を告げた。

この笑顔があればいい。
彼方が笑っていてくれるなら、この想いは届かなくていい。
彼方が幸せになれるのなら、私は構わない。
告げなくていい。この想いは私だけが知っていればいい。
この気持ちは、きっと一生届かぬ想い―…





執筆完了【2006/09/02】
更新完了【2006/09/06】
移行完了【2013/09/16】
 

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