金銀花

□一縷の光
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鮮血を浴びる戦場にいて…



血生臭い匂いを嗅いでいると…



気が可笑しくなりそうだったんだ―…





一縷の光





キィ‥


静かに開けても今は夜中。大音声に聞こえて、俺はイラッ‥とした。

「クソ…ッ!」

掠り傷とは言え、天人に付けられた傷が疼く。
たいした傷じゃねぇー。だけど、あいつらに付けられと思うだけで、怒りで傷が疼きやがる。





おさまらねぇー…ッ!






行き場のないこの苛々をどうしたらいいのか…。





胸に残るは、戦場で匂う血生臭い匂いだけ。





自分でも苛つくこの苛々の出所が解らねぇー…





とにかく苛々する。





どうしようも出来ない苛々に苛付く。





まだ、暴れ足りねぇー…





「クソッ…何なんだッ!?」



怒鳴り声を上げ、俺は感情に任せて壁を思い切り殴った。





この苛々はどっから来やがるッ!?





どうすれば消えるんだッ!?





わからねぇー…。





まだ…





斬りたりねぇーのか…?





(チッ…!血の匂いばっかしやがって…俺が可笑しくなりそうだ)



そう思いながら、俺は自分にと与えられた部屋へと向かった。
障子が明るさを押さえ、光が微かに外へと漏れていた。
俺の部屋だけ明かりが付いている。
付けた訳じゃねー。誰かが来て付けたんだ。

(チッ‥)

そんな些細な事にまで舌打ち。





苛々する。





今はこの苛々をどうにかしたい。





このままだったら…





気が狂いそうだ―…





部屋の前に行き、俺は障子を開けた。それと同時に、部屋からこの場に決してそぐわない声が響いた。



「高杉、おかえりぃー」



「桜…子…」



布団の上で足を崩して座っている桜子の、無邪気な笑顔が俺を出迎えた。
起きているとは思わなかった。
笑顔でお出迎えなんて、ねぇーと思っていた。





寝ずに待っててくれたのか…?





「遅かったねぇ。手間取ったの?」



桜子の拍子抜けする声。
その声を聞いた刹那、俺は桜子を抱きしめた。しかも強く…。



「桜子…」



「た、高杉!?何かあったの?」



桜子に八つ当たりなんかしねー。いや…できねぇー。
この苛々は相変わらずだったが、桜子の笑顔を見たら、思わず衝動に駆られた。

桜子の優しい声。


その声が胸に響く。


桜子を見ただけで、安らいで行く感じがした。


苛々は募らない。



「高杉…なんかあったの…?」

「なんにもねぇ」

「でも…」

「暫く…こうさせてろ」

「…血の匂い…それに高杉も…」

「俺の血じゃねー」

「…大丈夫?」

「何がだ?」

「優し過ぎるから…高杉は。だから…壊れちゃいそうな気がして…」

「馬鹿。んなに弱くねー」



安らぐ…。



怒る気すら、今の俺にはない。



鮮血を体に浴びて…



壊れてしまえばどんなに楽か…。



けど…



俺の意識を留めているのは桜子だ。



「そっか。ならいいんだ」



桜子の優しい声が心に響く。



その優しい声で心は浄化されていく。



こいつの声だけが、桜子の存在だけが…



一縷の光。



「俺にはお前が必要なんだ」



なるほどな。



俺が、桜子の安らぎを求めていた。



苛々していたのはきっと、狂いそうだったから…



鮮血と血の匂いで狂いそうだったから。



狂った方が楽だったのか…?



だけど、桜子を見た時…



狂い行く自分を止める為に、桜子を抱きしめた。



心に残るのは鮮血なんかじゃない。



苛々もいつの間にか消えていた…。



「私にも…あなたが必要だから」



俺の心を浄化してくれんのも…



受け止めてくれるのも…



壊れ行く俺の意識を留めてくれるのも…



俺が、鮮血に狂わないのも…



全て、桜子の存在だけなんだ―…






執筆完了【2006/02/09】
更新完了【2006/02/09】
移行完了【2013/09/16】
 

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