金銀花
□夕日ヶ丘
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あなたに凭れ掛かり
沈む夕日を…
ずっと、眺めていたい。
夕日ヶ丘
「ねぇヅラぁ」
「可愛く呼んでもヅラじゃない、桂だ」
「んじゃ小太郎ぉ」
「…なんだ」
桂の背中にもたれ掛かりながら、桜子は暢気に呼び掛けた。
特に何かをする訳じゃなくて、この体制が一番落ち着くから。
桜子が寄り掛かっているから立ち上がるに立ち上がれない。だからなのか、桂は机に向かい、何かを嗜んでいる御様子。
何かを書いているのか、その振動が微かに伝わって来る。
「何書いてるの?私への恋文?」
「今更桜子に恋文を書いてどーすると言うのだ…。そんなもの無くても毎日お前に告白しているだろ」
「…そーだっけ?」
「そーだそーだ」
「なんで二回も言ったの?なんかウザイよ。そのヅラ取れよ」
「痛い!いたぁーい!ヅラじゃない!本物だから離してぇーッ!!」
「本当だ。取れないや」
もたれ掛かっていた背中から離れ、桜子は悪戯心に桂の髪を引っ張るが無駄に終わった。
解ってはいたが、もしかしたら…と言う極僅かな可能性を思っていた桜子は、がっかりと肩を落とした。
「取れる訳なかろう」
「……」
(あっ…)
桂の呟きにも似た呆れた言葉を、桜子は聞いていたのかいなかったのか返事を返さない。それ所か、桂の髪を持ったまま動かない。
先程まで黙れと言いたくなるほど賑やかだった桜子が急に静かになった。
(…?)
急に黙った桜子を不思議に思いながら筆を勧める。
口を開く所か動こうとしない桜子が心配になり、桂は桜子の名を呼びながら後ろを振り返ろうとする。
「桜子…?」
振り返ろうとしたその刹那に、桜子の香が鼻を掠めた。
「さ…」
桂にフワリと何かが覆いかぶさった。
桜子の良い香がする。そう思ったのと同時に、桜子が自分に抱き着いていると言うのが理解出来た。
どうして抱き着かれているのか理解が出来ない桂は、後ろを振り向きたくても振り向けず。しかもその抱き着いている桜子はと言うと、真っ直ぐに視線を向けている。口を開こうとしない。
「桜子…どうかしたのか…?」
桜子から抱き着いてくるなんて時々ある事。
動揺しているのを悟られたくなく、桂は平然を装う。
再度呼び掛けられた桜子はやっと口を開いた。
「夕日…」
「は?夕日がどうかしたのか?」
「綺麗だなぁーって…」
やっと口を開いてくれた桜子の口から、夕日と言う話題が出た事が少し不思議だった。
確かに今は夕刻。夕日が出ていてもおかしくはない。
いつもなら夕日なんて気にしないのに、何故そんな事を…?と、そんな事を思考するが、理由が解らない。
頭の上に疑問詞を浮かべながら思案している桂を見て、桜子は膝立ちだった足を平に座り直し、微笑みながら再び口を開いた。
「夕方って一日の終わりって感じがするんだよねぇー。その一日の終わりの合図を小太郎と見られるから私は幸せなんだなぁーって」
その桜子の言葉に違和感を覚えた。
桂はいつも攘夷運動の為、アジトを空ける事が多い。
夕方が一日の終わりの合図だったら…。
桜子と一緒に夕日を見た記憶が無い。
一日の終わりの合図を、見た記憶が無い。
「…ろくに…傍にいてやれていないのにか…?」
答えが解った。
いつも夕日を見て何も言わなかったのは、そこに桂がいなかったから…。
なるべく早く帰るようにはしていた。
攘夷だの世界を変える等で、家を留守にする事が多かった。一緒にいたとしても、ろくに構って上げられていなかったかもしれない。
けど…、桜子は淋しいなんて一言も言わない。一人にしないでなんて言わない。
強いのか強がっているだけなのか…。どちらかなんて解らない。
本当は寂しいだけの夕日。しかし桜子はそれを好きだと言った。
桂にとったら不思議な事。
しかし、桜子はそんな桂のか 考えを打ち消すように言葉を返す。
「そんな事ないよ。どんな事があっても、小太郎は夕刻までには帰って来てくれる。それだけでいいから」
「桜子…」
「私は淋しくなんてない。一日の終わりの合図、小太郎と見られるから」
一人にはしたくない。
早く桜子の元へ…。