金銀花

□宵闇冷めぬ夜、忌まわしき幻想
1ページ/2ページ


暗闇の中、救い出してくれた。



ならば私は…



あなたが為に人生捧げよう…



救い出してくれたのなら…



私はまだ…



歩いて行ける…





宵闇冷めぬ夜、忌まわしき幻想





冷たい温もりが頬に触れ、熱を奪う。
帳が降りた暗がりを背に、桜子はそこにいる存在。
ひんやりとして冷たい温もりに、俺は失い掛けていた意識を取り戻した。

「桜子…」

「目が覚めましたか」

ずっと傍にいてくれたのだろうか…。
斬り付けられ、鮮血に身を包んだ。しかし、それからどうしたのか記憶は曖昧。
腹を押さえ、朦朧とする意識の中、壁伝いに歩いたまでは覚えている。
それからは全く覚えていない。
気付いたら、桜子が傍にいて、俺は横たわっていた。

「桜子が助けたのか…」

「たまたま通り掛かったなら晋が倒れていたので…」

「クッ‥ざまぁねぇな…」

自分を嘲笑う。
なんで斬られたなんて解らねぇ。理由なんて俺には関係ない。
しかし、俺を斬る事が出来る程、俺は油断していたんだ。
いつもなら背後に人が居れば気配で解る。
それなのにこの様だ…。


鈍っている。


獣は鳴く事を止め、眠りに入ってしまったらしい…。


「幸い傷は浅い。ゆっくりお休みになって下さい」


「…あァ」

窓の外は暗がりを増し、暗闇へと姿を変える。
腹に巻かれた包帯には血が微かに滲んでいた。これ以上広がらないと言う事は、もう止血できているのだろう…。
怪我して…、女に介抱されるなんざ格好悪過ぎじゃねぇか…。
しかも手当まで受けているなんてな…。
嘲笑うしかねぇじゃねぇか…。

なんで女なんて連れ歩いてんだ…。

んな気さらさらなかったのによぉ…。

こんなの…



俺じゃねぇ。



「なぁ桜子」

桜子の端正な横顔を見ていて、俺は思わず声を掛けた。

「どうかいたしましたか?」

俺の声に気付き、桜子は俺に視線を向けた。
特に用はなかった。
ただ…、桜子の横顔が愁い帯びていたから…。
声を掛けずには居られなかった。

「いや…なんでもねぇ」


なんで俺は声を掛けたんだ…?


桜子の横顔が愁い帯びていただけだと言うのに…。


無意識に呼んでいた…。



女に現抜かすなんて…





俺らしくねぇー…



守る者なんて邪魔なだけだ…



そんなもの抱えこんじまったら…





身動きが取れない―…





俺にはそんなの必要ねぇんだ…



だけど…



それでも…



俺は…



「桜子…」

「晋…まだ起きてはお体に触ります」

「平気だ。んなやわな体じゃねぇ」

「でも…」

「…んな泣きそうな顔すんじゃねぇ…」

桜子の泣きそうな表情に、俺は見ていたくなくなり視線を反らした。

こんな気持ち抱くはずじゃなかった―…



悲しいとか…



愛しいとか…



淋しいとか…



戦いの中に身を置いていた奴にはいらねぇだろ?



はなっから持ち合わせてなんかいなかったけどな。



「すみません…」

桜子の謝罪の声。
桜子は何を思い、謝罪なんてしたんだ…?
俺に謝る理由なんてねぇーだろーが…。
桜子を一瞥し、俺は頭を垂れた。
桜子の気持ちも、己の気持ちさえもわからねぇ…。
俺は一体…、何がしたくて桜子を拾ったんだ…?


片手には血の付いた刀。


白い純白の衣は紅く染め上げられ…


行き絶えた者が数人。


射抜く様な瞳。


宵闇の中、鋭く光る眼光。


全てを自分と重ね合わせた。


似ていたから拾った。


それだけなのに…


「桜子…」

「はい…」

「いつまで…俺の傍に居る…」

「えっ…?」

「いつまで傍にいんだ」

「……」

返事は帰ってこない。
桜子がいつまで俺の傍に居るかなんて桜子次第だし、俺には関係ない。
執着もしないし、固執もしない。
誰かを思う姿なんて滑稽過ぎて笑えてくる。
愛だの恋だのほざいている暇があったらテロの一つでも起こしやがれ。
何かを守りながら生きていたら弱くなるだけだ。
俺はそんなんごめんだな。
獣に成り下がり、うめき声をあげるだけだ。
守るものなんて邪魔なだけだ。
片手塞がれちまったら戦えねぇ。すでに片手は刀で塞がってんだからよォ。これ以上塞いでどぉすんだ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ