金銀花

□決定的証拠
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松平が、違う印象を受けたのは当たり前。今まで見ていた桜子は、本当の桜子じゃないから。
教師が見ていた桜子は、猫を被り、大人しい子を演じていただけの作り物。今、目の前にいる桜子こそが、本当の姿。飾らない、桜子の正真正銘の姿。

桜子が出ていった後、お登勢は「やれやれ…」と呆れながらため息を吐いた。
桜子が猫を被る本当の理由を、お登勢は知っている。決して、気に入られたいからだけじゃない。寧ろ、そっちの理由の方が重要な気がする。桜子にしても、きっとそうに違いない。

桜子は卒業した。だから、口煩く言う事なんてない。
卒業生にまで干渉する義理はない。それに、見守るのも教師の務め。ここは、溜め息だけに留めておこうじゃないか…。


* * *


職員室を出た後、土方は早歩きで廊下を行く桜子の後ろを着いて行く。後ろ姿からでも、まだ桜子が少し怒っているのが解る。
職員室に着いた頃よりは落ち着いているが、まだ怒りは綺麗に静まっていない。

桜子と出会った時、桜子は猫なんか被っていなかった。本性を顕にして、そのままの桜子で接してくれていた。
けど、それは興味を持たれていないのと一緒。気に入られたいと思われていない、どうでもいい奴の一人。ただそれだけ。

どんなにアピールしても。
どんなに好きだと言っても。

桜子は全く振り向いてくれなかった。それでもめげずに告白して、何度振られた事か…。

一年の時に、桜子に一目惚れしてから、桜子しか見ていない。桜子しか見ていなかったからこそ、猫を被る理由と、振り向いてくれない理由を、嫌でも悟った。
桜子が卒業してからも、桜子が忘れられなくて、何度も好きだと告白した。

土方が入学した時、桜子は三年。一年しか一緒にいられなかったけれど、好きな気持ちは膨らむばかりで、諦める事は不可能に近かった。


桜子は、諦めてばかりだったのに…。


でも、だからだろうか…。
最後に桜子が折れてくれたのは。

諦めてばかりの桜子に、しつこく踏み込んだ結果。
仕方ないな…と呆れながらも、付き合ってくれる事が嬉しくて、つい舞い上がっていたんだ。

桜子と過ごす度に、益々好きになっていく。でも、好きに行く度に、苦しくなった。
桜子の本当の気持ちは此処にはない。自分に向いていない。
幾ら自分が頑張っても。毎日桜子に好きだと告げても。桜子の気持ちは固定されたまま。動く気配を見せない。

一緒にいれば解る。
自分ばかりが好きなだけ。
虚しいだけだと解っていても、手放す勇気は持てなくて、別れの言葉は告げられないまま。

『まだ自分は子供だから、我儘を言っても通る』

そんな事を、言い訳に桜子を縛り付けたまま。

離したくない。
別れたくない。

我儘だって解ってる。
子供だからって事も解ってる。

だけど、自分から好きな人を手放す勇気を持つ事が大人なら、一生子供のままでいい。大人になったら、手放さなきゃいけないのなら、大人になんてなりたくない…。

でも…。
もし、桜子の恋が叶ったら…?


手放さなきゃいけないのだろうか…。自分から手放す勇気がないのなら、他の誰かに奪われた方が、潔く諦められるのだろうか…。

桜子の心が、自分にない事は身に染みて解っている。だったら、奪われた時は潔く諦めようじゃないか…。

「桜子」

「何?」

淡々と廊下を歩いて行く桜子の後ろから、立ち止まり呼び掛けると、桜子も立ち止まり、後ろを振り返った。
不機嫌なのか素なのか解らない表情。怒っているようにも見えるが、元が整っているから、そう見えるだけの気がする。
怒らせたら怖いなんて、もうとっくに解っている。だけど、どうしても顔を出したい場所がある。

「わりぃんだけど…部活に少し顔出しときたい…」

申し訳なさそうにしている土方。そんな土方を見ながら、少し考え、浅く溜め息を吐いてから返事をする。

「…早くしてね」

「いいのか…?」

てっきり、「ふざけるな」と言われるかと思っていたから、驚いた。まさか承諾してくれるとは…。
必要以上にいたくないからと、また不機嫌になってしまうのを覚悟していたのに。まさかの返事に、少し戸惑った。しかしそれと同時に、桜子が怒っていないと解り、つい笑みが零れた。

「わりぃ!すぐ戻る!」

そう言いながら、桜子に手を振り走り出した。
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