金銀花
□決定的証拠
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会えば最後。
どうしようもなくなるから…。
決定的証拠
卒業してから、もう随分立つ。
校舎を見るのですら、かなり久し振り。あまり変わっていない外観や賑やかさに、懐かしさを感じながら、門を潜った。
そして、何にも迷う事なく目的地へと向かう。途中、数人の在学生に見られていたが、全て綺麗に無視。寧ろ、今相手にしている余裕なんてない。
擦れ違った教師にすら、何にも挨拶をせず、他の事には一切目もくれずに、職員室の扉を力強く、そして勢い良く開けた。
職員室にいた教師は、一斉に視線を向けてくる。そして、問題を起こした張本人も…。
「桜子…」
少し怯えながら名を呼ぶ。
すると、桜子はつかつかと近付き、にこっと笑い掛けた。
その笑顔を「怖い」と思った次の瞬間、桜子から張り手が浴びせられた。
「どわっ!」
「何やってんのよこんのアホ!!」
軽く吹っ飛び、殴られた土方は頬を押さえながら起き上がる。
そんな土方を睨み付けて、桜子は容赦なく怒鳴り付ける。
何があったかは電話で聞いた。
本来なら、学校で問題を起こした生徒を引き取りに来るのは、両親の役目。しかし、多忙で子供にあまり関心のない親の代わりに、家族公認の恋人である桜子に、その役目が回ってきたのだ。
「どうしても」と両親から言われ、断りきれなくて、役目を担ったけれど、どうも腹の虫が納まらない。
出来れば、来たくなかった。
卒業して、きっぱり未練は断ち切った。だから、卒業した高校と言うだけの通過点に、こんな形で舞い戻りたくなかった。
未練はない。興味もない。だけど、問題を起こした恋人は、卒業した高校に通っている。だから、呼び出しを食らったら、未練も興味もない母校に、嫌でも来なくてはならない。
でも、忙しい中、わざわざ迎えに来た事や、呼び出しを食らった事に怒っている訳じゃない。
問題を起こした=迷惑を掛けたという方程式が気に入らない。
「わりぃ…」
何も言い返せない。
桜子の怒りは当然で、弁解や言い訳が通用するとは思えない。いや、今の桜子に言い訳したって、また張り手を食らうだけだ。だったら、大人しく謝った方が、早く収集がつく。
「謝るくらいなら喧嘩なんかしないでよ。すみませんでした…」
恋人の落ち込み具合に、腹の虫が納まりつつある。
起きた事に対して、怒鳴り散らしても仕方ない。これ以上、みっともない姿は曝したくない。
桜子は、落ち着きを取り戻しながら、呼び出しをした教師へと振り替える。呼び出しをしたのは、松平先生。担任ではない。
まぁ、あの担任の事だ。面倒臭い事は、全て他人に押しつけているに違いない。
桜子と向き合った松平は、懐かしい卒業生にすっかり上機嫌。けれど、在校中の印象とはかなり異なっている。
「ひっさしぶりだねー。大分印象は違うけんど…」
「気の所為じゃないですか?」
にこっと笑顔で返す桜子。その笑顔からは、「これ以上何も言うな」という無言の圧力を感じた。
明らかに違う。在学中の桜子は、もっと大人しかった。おしとやかで、控えめに笑う美人だった。
今だって十分綺麗だ。大人びた外見は、より一層色気を纏い、在学中よりも増している。でも、ちゃんと面影も残っている。
卒業して、何十年も経っている訳じゃないから、誰だか解らない程の変化ではない。
中身だって、もっと控えめだった。間違っても、いきなり殴る様な気性の荒い子ではなかった。どちらかといったら、あまり怒りの感情を表に出さない、穏やかな子だった。
柔和な笑顔が似合い、儚く散ってしまいそうな印象。それが、在学中、銀魂高校のマドンナと言われていたさっくらこぉ桜子の姿。教師が知っている、桜子の姿。
だけど、今は明らかに違う。
声を荒げて、彼氏を睨みで黙らせて、怒りに任せて手を挙げているのは、紛れもない卒業生のさっくらこぉ桜子。その人に間違いない。
数年で、性格がこうも変わるとは思えない。だとしたら、考えられる事はたった一つ。
そんな桜子に久し振りに再会し、真っ先に全てを悟ったのは、ベテラン教師のお登勢。
「あんた…変わりすぎだよ」
「これが素ですから」
そう言うと、桜子は土方に短く「行くよ」とだけ告げて、職員室を出ようと歩き出した。
清純を絵に書いた様な、模範的な優等生。それ以外の顔は、一切見せなかった。
教師やクラスメイトでさえ、桜子の本性を知らない。
在学中、気に入られたいから猫を被っていただけ。卒業して、接点がなくなった今、猫を被っている必要はない。