金銀花

□何度でも…。
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二回も三回も。


あなたに恋をする…。





何度でも…。




華やかな高校生活。
楽しい毎日に、不満なんてない。だけど、一つだけあるとしたら、やる気のない、担任教師の事だけなのに…。

「桜子ちゃん、早く行きましょ」

「先に行ってて」

「早く来るアルよー」

手を振る神楽とお妙に、桜子も手を振り返す。

移動教室の為に教室を出たのだが、出た瞬間に忘れ物に気付いて、取りに戻ろうと踵を返す。

けれど、上手く事は運ばない。

「筆箱…っ!ちょ!」

踵を返した瞬間、いきなり伸びてきた腕に、体を持って行かれた。そして、教室に引き戻された。
突然のことに驚き、桜子は暫し唖然とする。しかし、いつも見ているにやけた笑顔が目の前にいた。

「ぎ、銀八!!」

「桜子確保」

よく見ると、桜子は銀八の膝の上に座っている。
引き寄せられて、膝の上に座らされた様子。

皆、移動教室先へと移っているから、教室には誰もいない。
やっと正常に戻って来た思考で、今の状況を確かめる。

今教室にいるのは、銀八と桜子の二人きり。よって、邪魔する生徒や教師は、誰もいない。

「驚かせないでよ…」

「桜子が一人になる所狙ってたんだよ」

「校内でこんな事して…。見付かったらどーすんの?」

「大丈夫大丈夫」

そう言いながら、桜子をぎゅっと抱き締める。
ふわふわの髪が、頬を撫でた。微かに香る煙草の匂い。白衣からは、甘い匂いが漂ってきて、独特の香を放つ。

いけないと解っていても。
許されない事だと解っていても。

突き放せない。
素直に、銀八の抱擁を受け入れる桜子。少しだけ、頬を赤く染めた。
居心地のいい腕の中。抵抗なんて出来ない。
高鳴る鼓動。きっと、銀八にも聞こえている。

「全く…生徒に授業サボらせる教師が、どこにいるのよ…」

「今、恋人を抱き締めてる教師とかしかいねぇーだろ」

「銀八しかいないじゃん…」

「我慢出来なかったんだよ」

目の前に好きな子がいる。
なのに、簡単に手を出せない。それが悔しくて。何だか自分らしくなくて。

抱き締めるだけ。
そう思い、手を伸ばした。

だけど、それだけじゃ治まらない。所詮は銀八。常識やモラルなんて物じゃ、縛られない。ルールを無視して生きている様な大人。

「ちょっ…ん…」

桜子の頬に手を添え、頭を押さえ込むと、優しく唇を重ねて来た。
桜子が逃げない様に、体を密着させて、腕を掴んで。頭を押さえ込まれているから、銀八のキスからは逃げられない。
深くない、長くないキス。重ねるだけだけれど、甘くて優しいキスに、身動きが取れなくなる。

好きな人からのキスが、嬉しくないはずが無い。けれど、見付かったらと思うと、怖い。
嬉しいやら怖いやらで、訳が解らない。

唇を放した瞬間、銀八は不適な笑みを浮かべる。


(わっ…っ…)


その笑みに、思わず鼓動が高鳴った。心臓がバクバクして、銀八の顔がまともに見られない。
真っ赤な顔を隠す様に、桜子は俯いてしまう。


どうしてこの男は…。


悔しくて、桜子は銀八の胸に顔を埋めた。心臓が煩すぎて、正常な判断が出来ない。


もう…


どうにでもなれ!


「だ、抱き締めるだけじゃなかったの…?」

「桜子こそ。見付かっちゃいけないんじゃなかったのか?」

「う、煩いわね…っ!」


負けた気がした。それと同時に、この先も、絶対に勝てない予感がした。

悔しくて、桜子はぶっきら棒に言い返す。
耳まで真っ赤にしている桜子に、笑みが零れた。

桜子の気持ち。
照れている時の仕草。
桜子の全部を知っているから。

だから、愛おしくて仕方ない。
触れられないと我慢出来なくなる程、桜子を愛しているから。

見付かっちゃいけないのに…。
堪えられない自分も自分だな…と、桜子は銀八の腕の中で嘲笑気味に笑った。

「授業、間に合わねぇーな」

「ホントだよ…」

「まぁいいか」

誰もいない。だから、まだ大丈夫だよね…。

まだ、治まらない鼓動。
まだ、ドキドキしてる。
こんな真っ赤な顔じゃ、授業になんて出れやしない…。


* * *


「ただいまぁ」

暢気な声が、玄関に響く。その声に気付き、パタパタとスリッパの音が聞こえてきた。
その姿を視界に移した瞬間、銀八は顔の筋肉を緩めた。

「銀ちゃん!お帰り」

笑顔で出迎えたのは、さっき学校でいちゃついていた、恋人の桜子。
同棲と言うわけではない。そして、恋人と言うには語弊がある。
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