よろず夢置き場

□inside LOVERS
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踏み出す勇気を。



変わる勇気をくれたのは…



あなたでした。





inside LOVERS





足が震える。
恥ずかしくて、顔を上げられない。まともに、顔すら見られない。
壊れそうなくらいに、心臓がバクバク言っている。
心臓が悲鳴を上げている。頭に酸素が行かず、何も考えられない。思考は白紙状態。

咄嗟に思う事は、今すぐここから逃げ出したいという、弱虫な感情だけ。
今すぐここから逃げてもいいなら、迷わず逃げる。今の状況を回避できるなら、絶対に回避できる手段を選ぶ。

しかし、そういう訳には行かない。世の中、そんなに甘くない。
今自分は、皆の注目の的。俯いていて終わる、そんな優しい状況じゃない。
俯いて、顔を真っ赤に染めながら、皆の視線に堪える。


もう嫌だ…。
殻に閉じこもりたいよぉー…。


何か言わないと、終わらない。こんな恥ずかしくて、心臓に悪い事、誰が考えたの?
半べそをかきながら、必死に言葉を探す。

「あっ…あの…えっと…」

心臓が早すぎて、パニック状態。
たった一言を口にするだけなのに、言葉が突っ掛かり出て来ない。
心配した担任の教師が、背中を優しく叩き、優しい声で励ます。

「落ち着いて?」

担任の優しい声に、幾らか安心した。「早くしろ」なんて言われたら、真っ先に逃げていたから。 そして、真っ赤になりながら俯き、自分にとったら精一杯の声を出す。

「か、神崎桜子…です…ッ!」

皆からしたら、かなりの小さい声だけど、聞こえない事はなかった。けど、からかう生徒はいない。
それだけでも、桜子の救いになる。けれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
席を説明されると、桜子は真っ先に走り出し、さっさと座ってしまった。しかも、かなり小さくなって。
まだ、顔は真っ赤。心臓もバクバクで、逃げ出したい気持ちは変わらない。
自己紹介と言う難関はクリアした。けどあと一言、言わなくちゃいけない言葉が言えなかった。
自己紹介で定番の、「宜しくお願いします」。これだけの短い言葉だけど、桜子の限界は名前を言う事だけ。そこまでは、勇気が出なかった。
桜子の席は、目立たない窓際の一番後ろの席。教師を脅して、目立たない席にしてもらった。勿論、脅したのは桜子じゃない。そんな芸当、出来る訳がない。

(もうイヤー!帰りたい…)

まだ、心臓がバクバクしている。
これからの事が不安で、桜子には先生の話なんて耳にすら入っていない。いや、聞いている余裕すらなかった。

体が弱くて、何度も入退院を繰り返してきた。病気を治す事に専念して、二年間、学校へ行けなかった。
けれど、そのおかげで治療も無事に終わり、病気は完治。でも、極度の人見知り、極度の上がり症までは治らず…。

従兄に無理矢理引っ張られ、この学校に来たけれど、その従兄には頼れない。かと言って、自分でどうにか出来る訳もない。
自己紹介すらまともに出来ない中、友達を作る事なんてまだまだ先の試み。
これからどうしよう、頭を抱える。そんな中、教師が勝手に話を進めている事に、桜子は全く気付いていない。

自分は関わりたくない。
だから、誰かに押しつけなくては…。教師はそう考え、悪巧みを思いついた。
目の前で、ふてぶてしい態度を取っている生徒を指名してきた。

「じゃぁ獄寺!」

「あぁ?」

急に名前を呼ばれ、獄寺は物凄く不機嫌になり、睨み付ける様に担任を見た。
反抗的な態度はいつもの事。成績優秀だし、沢田の面倒を見ているんだから、適材だと判断した。いや、ただ単に気に入らない獄寺に、嫌な仕事を押しつけただけ。

「神崎に校内案内してやれ。それと勉強も見てやれ」

「はぁー?何で俺なんだよ!!」

当たり前のように、獄寺は怒声を上げる。無理もない。いきなり見ず知らずの女の面倒を任されたのなら、誰だってこうなる。
クラス委員とかなら解るけど、何の関わりもない獄寺に頼むのは、獄寺自身納得行かない。

「態度悪いけど頭いいからな」

笑顔で言ってのける教師に、獄寺は勢い良く猛抗議。
そんな面倒な事を押しつけられたら、本来やるべき仕事を全うできない。

「ざけんな!!担任のお前がやりゃいいだろう!!それに俺は十代目のお世話や護衛で忙しいんだ!!」

十代目と言うのは、獄寺が尊敬と憧れを含んだツナの呼び方。
ツナ自身は嫌気がさしているが、何を言っても聞かないので、呼び名に関しては敢えて無視している。最初は恥ずかしかったけど、嫌でも慣れてきてしまった。
急に話を振られ、京子を見ていたツナは、激しく面倒臭くなり、笑顔で突き放す。

「凄いじゃん獄寺君、頑張ってね」

付き纏われなくて済む。ツナの黒い部分を垣間見た瞬間。
沢田は、獄寺を知り尽くしている。そして、忠誠心も。
獄寺の忠誠心に火を点けるには最適の言葉。これで、獄寺が受けない訳がない。十代目にそう言われたら、転校生の面倒を見る事も、全うしなければいけない使命になる。
見る見るうちに、獄寺の瞳が輝いていく。そして、沢田に向きながら意気込みを伝える。

「お任せください!!必ずやこの使命果たしてみせます!!おい神崎!」

(逃げ出したい…けど、逃げたら怒られるだろうな…)
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