よろず夢置き場
□気を引きたくて
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もっと…
私だけを見て!!
気を引きたくて
『機械バカ』
彼を一言で表すなら、この言葉しか当て嵌まらない。
一日中機械を弄っても飽きない彼は、相当なメカオタク。
その所為で、詰まらない時間を過ごしている桜子は、近くにあった雑巾を投げ付けた。
油を拭く様の雑巾には、当たり前だが油が沢山付いている。
「いたっ…」
小さい声で、薄い反応を見せる彼―スパナ。
一緒にいても、これでは一緒にいる意味が無い。背中を見ていているだけでは、満足しない。 やっと振り向いたスパナに、桜子は怒りの声を上げる。
「つまらない!」
「何怒ってるの?」
何を怒っているのか解らない。
理解不能と言う表情を浮かべ、不思議そうに問い掛けてくるスパナに、桜子は益々怒りを募らせていく。
「解らないの?こんなけ私を放っといて…?」
一緒にいても背中を見ているだけ。
油塗れになって、真剣に機械を弄るスパナを見ているだけ。
付き合いだした当初は、真剣なスパナを見ているのが好きだった。
でも、今は違う。
スパナは、「あっ…」と思い出した様に小さい声を上げると、不思議そうな表情を再び浮かべ、問い掛けてきた。
「構って欲しいの?」
「当たり前でしょ!!」
声を荒げる桜子、スパナは持っていた工具を床に置いた。
機械以外には鈍感なスパナ。ちゃんと言葉にしなきゃ、伝わらない。特に、機械を弄っている時なら尚更。
摺り足で桜子に近付くと、ブスッとしている彼女を、ぎゅっと抱きしめた。
油臭いスパナの服と、スパナの温もりに包まれて安心した桜子は、急に大人しくなる。
けど、桜子はそんなに大人しい女の子じゃない。一言文句を言ってやろうと、顔をあげた瞬間、甘い風味が口の中に広がった。
「ん?」
「何コレ…」と不思議がる桜子の口に入った物は、スパナが先程まで舐めていた飴だった。 口の中から出してみると、半分は既に溶けていて、何となく原型が解る程度。
「苛々するのは、当分が足りない証拠だ」
優しい眼差しで、スパナは言った。怒る気も失せる程の、暖かい腕と一緒に…。
抱き締めている腕に力を込めて、桜子の怒りを和らげようとする。 適わないな…と、ため息をつくと、桜子は力なく言葉を返す。
「それを言うならカルシウムが足りないだよ…」
「そうだっけ?まぁ、それあげるから機嫌直して」
そう言うスパナに怒る気を無くした桜子。
惚れた弱み。だから、何でも許せちゃう。
「もういいよ」
「もういいの?ウチはまだ駄目だ。桜子不足。こうやって充電させて」
そう言いながら、スパナは腕に再び力を込めて、ぎゅっと抱きしめる。
「だったら放っとかないでよ」
一緒にいるのに、背中を見ているだけなんて悲しいよ…。
愛を感じたい。温もりを感じたい。我儘じゃなくて、恋人ならそう思うのは当たり前。
「ごめん…。これからは程々にする」
桜子の頭を優しく撫でて、猫みたいに頬を擦り寄せる。
甘えている時のスパナは可愛くて、つい許してしまう。
大人しく抱き締められている桜子は、ふと昔を思い出してスパナの腕に落ち着く。
「私、機械弄ってる時のスパナの真剣な目が好き。でも、放っとかれるのは嫌いだからね」
見ているのも好き。
けど、構ってくれないのは嫌い。
見ているだけじゃ足りない。
触れたい。抱き締められたい。
スパナの愛を、もっと感じたい。
欲張りになっていく。
日に日に、スパナの全てが欲しくなって、見ているだけじゃ足りなくて、我儘になっていく。
「我が儘だな。ま、そこが可愛いんだけどね」
油の匂い。
金属の音。
真剣な背中。
真剣な目付き。
全てに心奪われた。
まさか、ここまで機械バカだとは思わなかった。けれど、放っとかれても嫌いになんてなれない。
機械を弄る真剣な瞳を見る度に、恋に落ちていく。
「もう大丈夫?」
「ううん。まだだ」
そう首を左右に振ると、桜子の顔を持ち上げて、唇を重ねた。
愛しい彼女が淋しがっているなら、幾らでも愛を捧げる。
まぁ、その前に、淋しがらない様にするのが勤めだけど、機械がある以上それは無理。桜子も、それは解っている。
けど、淋しいものは淋しい。甘えたくなる時だってある。
そういう時は、こうして抱き締めてキスして、桜子にたっぷりの愛を注ぐ。
「充電完了」
そしてまた、桜子に背を向けてしまった。
そんな機械バカのスパナに、桜子は溜め息しか出て来ない。
唇を重ねたら、甘かった。それはまるで、スパナの愛の様で…。
「全く…」
呆れながら、桜子はスパナから貰った飴を嘗めていく。
そして不意に、前にスパナから貰った飴を取り出し、スパナの口に突っ込んだ。
「はい」
「甘い…」
呟くスパナ。
何だか、桜子に上げた飴より、貰った飴の方が甘く感じた。
「愛が篭ってるからね」
たっぷりの愛が。
これでもかって位の愛がね。
「なるほどね」
持っていた工具を机に置くと、再び桜子を抱きしめる。
まだ足りない。もっと充電しなきゃ、機械は弄れない。
「やっぱりもう少し」
「はいはい」
大好きな機械を弄って、大好きな桜子と一緒にいれて。
大好きなスパナを見られて一緒にいられて。
もっとと我儘を言ったり、甘やかせたり。
すごく幸せな日々を、送っているんだと、改めてそう思った―…。
もう少し、構ってくれたらね!
終
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