よろず夢置き場

□たった一人の君
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(あ、委員長だ…)

特に意味はない。
ただ何と無く、何も考えずに見た窓から、委員長の姿が見えた。
奇跡に近い様な光景に、思わず好奇心が働いてしまう。
顔を赤らめている女生徒を前に、何か言葉を返している委員長。
呼び出しに応じるなんて、それ自体が珍しい。何時もなら、「群れたくない」なんて言って、応じたりしない。まぁ、巡回中に声を掛けられたとかそんなんだろうな。

「解るけどね」

中身はともかく、見た目はかなりレベル高いからな。
格好良いし、頭良いし。権力もある。彼氏にするなら最高な人物。

まぁ、かなり猟奇的だけどね。

最高ランクな男。
暴力的で喧嘩っ早くて戦闘マニアだけど、格好良いから許せる。
そこら辺の軟弱な野郎よりは魅力的。

けれど、誰よりも優しいのを知っている。
誰よりも最悪で最強なのも。委員長が、並中一最凶なのを誰よりも知っているのは、世界でたった一人と願う…。





たった一人の君





「委員長、お疲れ様です」

委員長の机に、作成した書類を置くと同時に、言葉を発した。そして、言葉を発した直後に、踵を返して委員長に背を向けた。
背後から、委員長の溜息が聞こえて来たけど、聞かなかった事にする。けれど、歩き出そうとした瞬間、委員長に声を掛けられた。

帰さない気なんだろうか…。

「ねぇ」

「はい?」

委員長は知っている。
なのに帰らせてくれないのは、単なる悪戯。っというか意地悪。だって、顔が不適な笑みを浮かべているから。


ヤバイ…。
こりゃ完璧間に合わなくなる…。


「さっき見てたでしょう」

「見てませんよ。だってここテレビないじゃないですか」

応接室って居心地いいけど、テレビがないからつまらない。
テレビがあれば、急いで帰る必要も、委員長の悪戯に付き合う事もないのに…。
真っ先にテレビに食い尽くから、委員長の事は半分無視するんだろうな。

再び、委員長が溜息をついた。

「話を逸らすの、下手だね」

「……ありがとうございます」

「褒めてないよ」

分かっている。
委員長が何を言いたいのか、何を聞きたいのか。けれど、恥ずかしいからわざと話を反らす。委員長には、通じてないけど。

「見てましたよ…」

「何か思ったかい?」

「特には…早く帰って相棒見たいな…と思っただけです。今再放送してるんですよ。知ってました?だから私は早く帰りたいんです」

「やっぱり、話逸らすの下手だね」

そう言いながら、委員長は立ち上がり、歩み寄って来た。
そして、そっ‥と頬に腕を延ばす。この手が、堪らなく優しくて暖かくて、つい気持ちが上辺に出てしまう。

「委員長…」

「顔に出てる。解りやすいね」

話を逸らしたって、表情で気持ちを伝えていたら意味がない。
自分でも、あまり感情を表には出さないタイプだと思う。だけど、どうしても委員長の前だと全て出てしまう。
我慢が、出来なくなる。
全てを、さらけ出してしまう。

委員長に触れられた頬が熱い。
だけど、そこだけじゃなくて顔中が熱い。自分でも赤み帯びているのが解るくらい、恥ずかしい。

自分の感情を、表に出す事が、こんなにも恥ずかしいなんて思わなかった。少なくとも、委員長に出会うまでは、そんな事思わなかった。
感情を表に出す事自体、下らないと思っていた。けれど、委員長に出会ってから、出さざるを得なくなった。

好きになって、気持ちを伝える事の素晴らしさを知った。
好きになって、気持ちを伝える事の大切さを知った。

「委員長のせいですからね」

「何にもしてないけど?」

悪戯に笑う表情が、全てを物語っている。
委員長が仕組んだ事に、今漸く気がついた。
まんまと、罠に嵌まっている。

「嘘です…」

「見ててどう思った?ヤキモチ、焼いたでしょう」

「焼きました…」

恥ずかしい。
ドキドキが、治まらない。

「ならいいよ」

わざとだ。
全て、計算しての事。
その表情も、今こうしている事も、全て、仕組まれた事。
わざと告白現場を見える位置にし、どんな反応をするかが、委員長は見たかったんだ。

ドキドキが邪魔して、上手く、委員長の顔が見られない。
視線を逸らしていたら、頬に添えていた手を腰に回された。
そして、目があった一瞬の隙に引き寄せられて、唇を塞がれた。

「ん…」

長くもない深くもないキス。
だけど、ドキドキが増すには十分で、委員長に酔いしれるには満足だった。
唇を離すと、委員長はいつも強く抱きしめてくれる。そして、その胸に甘えるように寄り掛かる。

「告白して来た子は?」

「要らないって言ったら、泣きながら走って行ったよ」

「可哀相…」

「本当の事。僕には、桜子以外必要ない」

耳元で囁く様に言われる甘い言葉も、この優しい腕も、優しい表情も、知っているのはたった一人。

「恭弥…」

「桜子、愛してるよ」

再び、口付けを交わす。
二人きりで過ごす時間が、何よりも大切で、何よりも愛しい。

もう、完璧に間に合わない。
けど本当は、テレビを見るよりも、恭弥にこうして欲しかった。

こんな素敵な恭弥を見られるのは、世界でたった一人、私だけだから…―。





執筆完了【2009/10/11】
更新完了【不明】
修正加筆【2013/10/07】
 

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