よろず夢置き場

□血の海に溺れて沈め
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こんな感情は、捨ててしまえばいい。


必要のない感情。





血の海に溺れて沈め





(しくじった…)

任務で、傷を負ってしまった。幸い、掠り傷で済んだけど、血が止まらない。
ボスへと続く長い廊下を歩きながら、傷口を抑える。

伝えなければ…。
任務は完了したと、報告しなくてはならない。
きっと、心配している。

こんな失態するなんて、本当に情けないなぁー。
ボスを心配させるような事して、何してんだろう。

油断していただけ。
楽だ…なんて思っていたから、その隙を突かれてしまった。
後ろからの攻撃に気付かなくて、腕を弾丸が掠めた。
二対一となってしまい、思わず舌打ちをした瞬間、いきなり相手の一人が怯んだ。
だから、何とか任務は遂行できた。出来たのだが、果てしなく気に入らない。

「クフフ…掠り傷なんて、あなたらしくないですね」

「骸…」

目の前には気に入らない男。
今、一番会いたくない奴。
気に入らないというより、私はこいつが嫌いだ。
顔も見たくない。
視界に入るだけで、寒気がしてくる。

「敏腕マフィアのあなたが、怪我をする相手なんて、余程強かったのでしょうね」

「骸」

戯れ言に、付き合うつもりは全くない。
こいつの横を通り過ぎながら、私は呼びたくもない名前を呼んだ。
一言、言ってやらないと気が済まない。いや、こいつに言う言葉が、一言で済むわけがないか…。
骸に振り向き、近付くなという目で睨みつけた。

「余計なことはするな」

「クフフフ…何の事ですか?僕には思いつく事がありませんけれど?」

白々しい…。
絶対に、故意に決まっている。
こいつ以外、考えられない。

「とぼけるな。敵を怯ませる為に幻術を使っただろう。私を助けるつもりだったのなら、余計なお世話だ。あんたなんかに助けられても嬉しくない」

こいつ以外に、幻術を使う奴なんていない。
敵が怯む直前に、骸が幻術で惑わしたのは間違いない。微かにだが、確かにこいつの気配がした。頼んだ覚えなんてない。いや、こいつに頼むはずがない。骸の幻術がなくても、私一人でどうにか出来た。
それなのにこいつは、私を助けたと言わんばかりに手を出してきて…。
余計なお世話以外の、何者でもない。
だって、一人で任務は遂行できたのだから。
こいつに助けられたなんて、絶対に思いたくない。

「助けたつもりなんてないですよ。ただ、体が勝手に動いただけです。そういう時は、素直に喜んでおくべきですよ?」

素直に喜べるわけがない。
それに、助けられた事自体が気に入らないのに、喜ぶなんて有り得ないだろう。
体が勝手に動いたなんて、嘘に決まっている。
私が、嫌いなのを知っていて、わざとそうしている。
助けられる事も、誰かに手を出される事も、こいつが嫌いだという事も…。骸は知っている。

吐き気がしてくる。
こんな奴に助けられたなんて思う事事態を、私の脳が拒絶している。
骸にだけは、私はいつだって素直だ。
憎悪を剥き出しにしている。いや、無意識のうちに、奴を警戒している。
だから、憎しみこそが、奴への素直な気持ちなんだ。

「お前に言われたくはない。今後一切、私の任務に手を出すな。私に近寄るな」

「おやおや、相変わらず冷たい態度ですね。私がこんなにあなたを愛しているというのに…」

まただ。
また言った。

こいつは、いつも私に愛だとか恋などを言ってくる。
嬉しいわけがない。
ボスに仇なすものに、愛なんて言葉を言われたくはない。

「気色悪い…」

「そんな言葉で返されてしまうとは…」

こいつが、本当に愛を私に抱いているわけがない。
軽々しく愛なんて言えるこいつが、そんな感情を持ち合わせているわけがない。

答えるわけがない。
こんな奴の愛に。
中身のない愛になんて、答える気にもなれない。

「気色悪い冗談はもう止めて」

「クフフ‥冗談なんかじゃないですよ。私はいつだって本気です」

「あぁそうかい。なら、良い事教えてやるよ。私は、お前がボスに危害を加えたら、真っ先に引き金を引けるような奴だよ」

この世の中の、あらゆる危機から、ボスを救ってあげたい。
そして、こいつはボスの、一番身近な危険だ。
愛に応えるどころか、心すら許せるわけがない。
ボスを、危険から守る。
ボスの、あの笑顔をいつまでも見ていたい。
だから私は、ボスにすべてを捧げて生きる。
どこの馬の骨とも知らない私を拾ってくださった。
暖かさや、優しさを教えてくれた。
その恩を、私は返さなくてはならない。
そんなボスを守るためなら、どんな手段も、私は厭わない。
そして、手段を選んで居られるほど、私とボスのいる世界は、甘くはない。

「そう…ですか」

「私には、ボスしか要らない。ボスに忠誠心を持つ私が、お前の愛に答えるわけがない。解ったらさっさと私の前からいなくなれ」

そう吐き捨てると、骸に背を向けて、私はボスの元へと歩き始めた。

信じない。
信じない。
絶対に信じない。
ボス以外からの愛なんて、私は欲しくないし、要らない。
あんな奴の愛を、信じるわけがない。
本気ではないあいつの愛なんて、信じたくはない。
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