よろず夢置き場

□幸福基準
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『このまま付き添うていては不幸になる―…』


立ち寄った街の占い師にそう告げられ、無くなく別れを切り出した。
愛した人には不幸になんてなって欲しくない。
幸せになってほしい。
自分より大切な人がいる人は、そう…、願わずにはいられないのだろう。





幸福基準





「此処…」

一軒の宿屋の前に、息を切らせたほたるが、真剣な面持ちでたっていた。
乱れた息を調え、汗に濡れた体を、冷たい涼風に晒して―…

* * *

『もう…、傍にいないで、守らないで…』

残酷な言葉を浴びせてしまい、激しく後悔している桜子。
寝屋を求めて身を寄せた旅籠に引きこもり、丸一日が経とうとしていた。
狂達と旅を終え、全てが一段落してからの出来事。
共に歩む道を決意したほたるとフラリと旅に出掛け、その矢先、出鼻をくじかれた。
布団に包まり、一切の接触を遮断する。
占い師に告げられた言葉を鵜呑みにして、桜子はほたるの元から離れ、違う宿へと身を潜める。
不幸になんてしたくない。
幸せであってほしい。
ほたるは、幸せにならなくちゃいけない。
誰よりも幸せじゃなきゃいけない。
心からそう願っている。
幸せに出来る相手が私ならいい。
一人じゃないと解って、安心したほたるの傍に、一人じゃないという証を残しておきたい。
その為には、桜子が一緒にいるのが一番いい。
だけど…、その桜子と一緒にいたら不幸になると告げられた。
幸せの証の桜子が不幸の原因なんてなす術がなくなる。
一番したくない術しか見付からなくて…。
離れるしか…術は見つからない。
桜子が身を潜めている宿屋を見付けたほたるは宿側の制止を無視して、揚げ句の果てには、無理矢理桜子の泊まっている部屋を聞き出した。
ほたるの高下駄の音が廊下に響き、桜子ははっとして布団を剥いだ。

『ほたる…』

もう見付かってしまった。
襖を開ければそこには間違いなくほたるがいる。
だけど、開ける勇気なんてない。
傍を離れる時に使ってしまった。

「桜子…?いるんでしょ?顔見せて」

「……」

答えが帰ってこない。
返答がない事が、桜子がこの部屋に居ると言う何よりの証。
桜子は、自ら飛び出して来た事を後悔し、少しでもほたるに近づこうと、襖へと歩き出した。
しかし、占い師の言葉を思いだし、襖に掛けようとした手を、力無く降ろした。


『不幸になる―…』


この言葉が頭から離れない。
この言葉がほたるに会いたい気持ちに、制御をかけていた。
桜子はその場に座り込み、涙を浮かべた。
心の中で、何回も何回も、繰り返し謝りながら…。

『ごめんね…ッ…ごめんね…ほたる…ッ。私じゃ…ほたるを幸せに出来ない…』

幸せどころか、不幸になってしまう。
まだまだ長い余生、不幸ではなく、幸せになって欲しい。
自分じゃ駄目なんだと…。
襲ってくるのは、消失感と悲しみ。
会いたいのに、自分の気持ちを押し殺して…。
犠牲一人。それが自分ならと、悲しみを煽り立てる。
しかし、そんな桜子の気持ちを汲み取ったほたるは、それ以上は歩み寄っては来ない。襖一枚を隔て、襖越しにほたるは桜子に話し掛ける。

「ねぇ…俺の前に出て来たくなかったら別にそのままでいいよ。そのままで聞いて。俺…お前の事好き。だからこれからも一緒に居たい。なんで離れたの…なんて聞かない。困るだけだと思うし。だけどお前の事好きだから傍に居たいし、傍にいて欲しい。俺の事好きで居続けてなんて我が儘言わない。傍にいてくれるだけでいい。想い出だってお前としか創る気ないし…。他の奴となんてめんどくさい。お前が俺の事好きじゃなくても俺は忘れないから。好きになった事、一緒に過ごした事。お前を愛した事…このまま終わらせる気ない」

ほたるの言葉一つ一つが胸に、刃となって突き刺さる。
今更、許して何て言わない。
今更、傍に居てなんて我が儘。
今更、終わらせる気等ないのは同じ気持ち。
自ら終わらせようとした恋、再び実らせる事等たやすく出来る。
けれど…、それは…我が儘でしかない。
傍にいると言ったり、別れを言ったり…。
ほたるの気持ちを弄ぶだけの行為でしかない。
まだ好きだから…、誰よりも大切だから…、ほたるの傍から離れたのに…。
今更、ほたるの温もり等求めるのだけでも罪になってしまう。
それならば一生…。
だけど…、今自分がほたるから離れる事が罪になるとしたら…?
温もりだけを求めて生き続けていいのだろうか…。
しかしそんなの今更遅い。
もう離れてしまった。
自ら突き放した。
優しいから…、ほたるは誰よりも優しいから…。
犯した罪さえも、暖かく包み込んでくれる。
甘えてしまう。傷付けてしまう。
故に離れたほうがいい。
だけど…、まだ…まだこんなにも…


あなたが愛しい―…


「私だって忘れたかったわよ!だけど…ッ…だけど…目閉じたらあんたの顔しか浮かばないし、夢だってあんたの夢しかみないし…温もりだって…あんたの温もりしか感じない…いつも…傍にいてくれてる気しかしない…。忘れたいのに…ッ…忘れたいのに…忘れたくないの…あんたの事…」

「…なら忘れなきゃいいじゃん。俺忘れる気ないし。お前に縋って生きてくだけ」

「そんな簡単に言わないでよ!!私に縋ってなんか…生きないでよ…」

「ヤダ」

「なっ!?えっ…?」

いきなり襲った開放感に、桜子は慌てて後ろを振り返った。
直ぐ背後に立っていたのは、紛れも無くほたる。
いつのまにか扉を開け、その視界に桜子を写していた。
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