よろず夢置き場

□君しかいらない。
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* * *


昔、男鹿の隣の家に住んでいた。
姉が烈怒帝瑠のメンバーだった事もあり、男鹿の姉の美咲に良くしてもらっていた。そして、同い年の美咲の弟と仲が良くなるのは必然的だった。
助けてもらったり、守ってもらったり、一緒に喧嘩したりして、一緒にいる時間の方が長いくらいに、一緒にいた。
男鹿と会えるのが楽しみで。
強くなって、一緒に喧嘩できる事がすごく楽しくて。
男鹿といる時間が好きになり、男鹿自身も好きになっていた。

だけど、楽しい毎日は、急に終わりを告げてきた。父が借金を理由に夜逃げし、町に居づらくなり、逃げる様に引っ越しをした。
会いに行けない距離じゃない。けれど、落ち込む母を慰める事に一生懸命で、男鹿と会う時間が全く作れなかった。
母が落ち着いてからも、とてもじゃないけど、会いに行ける状況じゃなかった。父が失踪してしまった為、「いなくなる」事に、母は過敏に反応する様になった。

少しでも帰りが遅くなるだけで、泣き出してしまう程。

会いに行きたかった。
だけど、母を泣かせる訳には行かないし、何より、小学生が一人でなんて母が許してくれない。

男鹿を諦めて、桜子は喧嘩も止めた。一緒に喧嘩する相手がいない。ただ詰まらないだけの喧嘩に意味を見いだせなくなり、桜子は喧嘩を売る事も買う事も一切しなくなった。

母のご機嫌を取ったり、宥めたりを繰り返す日々。

男鹿といたら、今頃笑い合っていたんだろうな…。

そんな事ばかりを考えて、毎日を送っていた。
中学になり、会いに行こうと考えたが、向こうが覚えていなかったら…。そう思ったら、会いになんていけなかった。

諦めたつもりだった。
けど、まだ諦め切れていない自分がいて、おかしくて笑った。


会いたい。
でも怖くて。


そんな中、母が男と逃げた。
いつの間に男を作ったのとか、そんなのはどうでも良かった。

ただ、どうして自分は、あんなに母を一生懸命慰めたんだろう…。

何の意味もなかった事に気付き、全てがどうでもよくなって、また喧嘩を始めた。
楽しいからじゃない。ただ、発散したかっただけ。やり場のない怒りや悲しみを、誰かにぶつけたかっただけ。

母もいなくなり、姉と二人で生きていくしか道はなかった。
暮らしていく為に、姉は働き、桜子も年を誤魔化してバイトをしたりと、なんとか暮らしていけた。

二人だったけど、姉とは仲が良かったから、何だかんだで楽しかった。母に捨てられたという悲しみは消えなかったけど、それを姉がカバーしてくれた。
しかし、そんな姉に恋人が出来た。二人の幸せを見届けてあげたくて、笑って見送った。

姉が結婚して、今は桜子一人。
姉に縋りたかったけど、強がって「大丈夫だよ」と笑ってみせた。
姉の幸せの邪魔をしたくなくて、一人淋しさを紛らわすように暮らしていた。
けれど、中学生の一人暮らしは危ないからと、親戚の家に引き取られた。そして、男鹿のいるこの町に戻ってきた。
しかし、帰って来たのはいいけれど、不良じみた素行の所為で、親戚と折り合いが悪く、一人の時より孤独は増していく一方。

何度も男鹿の事を思い出したが、今更会いになんていけない。
覚えているかも解らない。
「誰だっけ?」と言われるのが怖くて、ずっと避けていた。
そんな、魂が抜けたような生活を送っていた。

何がしたいかも解らない。
どうしたらいいのかも解らない。
一人は淋しくて、悲しくて…。
神社の境内で膝を抱えて蹲っていたら、優しい声が降ってきた。

「どうしたの?」

声を掛けてきてくれたのは、神社の神主の孫だと言う邦枝葵。
うっすら浮かべていた涙の訳も聞かず、優しく笑い掛けてくれた。

その笑顔に、すごく安心した。
暖かくて優しくて、まるで姉のようだった。

そして、葵が烈怒帝瑠の総長だと聞いて、運命を感じた。
姉が、初代の副総長をしていたと話すと、葵は直ぐに心を開いてくれた。

レディースの頭とは思えないくらい気さくで、可愛らしい葵。
葵と話す楽しみが増えて、桜子は少しずつ毎日が楽しいと思い始めた。
相変わらず男鹿に会いたいな…と思うも、怖くて会いに行けない。
葵と出会って男鹿といた頃の様に、笑顔が増えていった。
葵の仲間達とも話すようになり、桜子が仲間に入るのにそう時間は掛からなかった。

男鹿と喧嘩をしていたから、喧嘩は強い。
葵に憧れて、心月流を習い始めた。折り合いが悪いと話したら、「家に来ればいいじゃない」と言ってくれた。
生きる気力のない毎日に、楽しさを分けてくれた人。そして強くて、優しくて憧れの人。

中学卒業間近に、高校は葵と一緒がいい!と親戚に相談して、石矢魔に通う事になった。
しかし、入学式の日早々に、怪我を負わされてしまい、入院。
葵がすごく心配してくれて、すごく嬉しくなった。遠征に行けないわ、学園ライフを満喫出来ないわと不満は多々あったけど、葵は毎日お見舞いに来てくれた。
それが嬉しくて、入院も悪くないなと知った。
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