よろず夢置き場

□君しかいらない。
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「こんな所で何してるの?」


神社の境内でしゃがみ込んでいたら、優しい声が降ってきた。

顔を上げたら、声だけではなくて優しい表情とも出会えた。



これが、葵さんに初めて話し掛けられた台詞で、この先の人生を変える転機になったんだ…。





君しかいらない。





今日も賑やかな石矢魔高校。
所かしこから、喧嘩の声が耐えず聞こえてくる。
クイーンが帰還し、前よりも華やかさが増した。でも、その華やかさが増した理由は、クイーン帰還だけが理由じゃない。

「葵さん、ご心配おかけしました。すみませんでした…」

「いいのよ。それより、復学出来て良かったわね」

「はい」

嬉しそうに笑う女生徒。その笑顔に、邦枝も嬉しくなりにこっと笑い返した。
邦枝より大人びた雰囲気のある女生徒は、れっきとした烈怒帝留のメンバー。
遠征前に怪我をしてしまい、一緒に遠征には行けなかった。噂によると、怪我を負わせたチームを潰しに行ったとか言う話もあるが、実際は違う。

入学式の日に怪我を負わされてしまい、入院していた。
やっと退院できて、憧れの葵と学園生活を満喫出来ると、嬉しさのあまり終始笑顔。

しかし、そんな上手く事は運ばない。神様は、何時だって意地悪なんだ。

葵と話していたら、急に名前を呼ばれた。しかも、どこか懐かしい声で。

「桜子!お前、桜子だよな!」

「えっ?」

いきなり腕を捕まれて、確信に近い呼び掛けをされて、桜子と呼ばれた女生徒は、唖然としながら振り返った。

桜子とは彼女の名前。
振り向いて声の主を視界に写した瞬間、心臓が壊れる様に思い切り跳ね上がった。

「た…っ!」


どうして…。
一緒にいたのは昔で、どうして覚えているの…?


背後にいるのは、昔よく一緒に喧嘩をしていた、幼馴染みの男鹿。
そして、桜子が小さい時から想いを寄せている人。

会わなくなって、もうかなり経過している。なのに、どうして解ったの…?


高を括っていたのに…。
男鹿はさっぱりとした性格の持ち主。だから、何年も会わなくなった幼馴染みの事なんて、綺麗さっぱり忘れているに違いない。


そう、思っていたのに…。


どうして覚えてるのよ…っ!


名前を呼ばれると、蓋をしていた気持ちが溢れてしまいそうになる。桜子は戸惑いながら唇を噛み締める。

名前を呼びそうになってしまう。呼んでしまったら最後。この日常を失ってしまう。

この気持ちは伝えられない。
男鹿の思いがけない記憶力に喜びを感じながら、桜子はドキドキしていた鼓動を無理矢理静めて、目を細めた。

「人違いじゃないの?離して」

男鹿の腕を振り払い、冷酷に言い放つ桜子。
鋭い、冷たい視線に一瞬驚くが、男鹿は必死に食い付く。

「いいや!その顔は絶対に桜子だ!間違いねぇ!」

覚えていてくれたんだと、内心嬉しくて仕方ない。だけど、男鹿の知っている桜子だと認めてしまったら、絶対に気持ちを押さえ切れなくなる。だから、認める訳には行かない。

「違うって言ってんでしょ。しつこいわね」

男鹿を睨み付けながら、知らないフリを突き通す。
けれど、男鹿も引かない。

「絶対桜子だ!!」

どうしてそこまで食い付いて来るのかが解らないが、桜子は必死に否定する。

「私はあんたなんか知らない。いい加減にして」

男鹿を睨み、桜子は男鹿に背中を向けると歩き始めた。
知らないフリを突き通すしかない。なるべく、関わらない様にするしかない。
桜子の背中を見て、男鹿は不服そうな表情を浮かべる。背中では、ベル坊が「ダァー?」と可愛らしい声を上げている。

「ねぇ、本当に知り合いなの?」

先程の二人のやりとりを終始見ていた邦枝。男鹿の勘違いだとは思えないけど、桜子の言葉も信じていいのか解らない。
桜子の動揺していた気がする素振りが引っ掛かり、問い掛けてきた。すると、男鹿は真剣な表情ではっきりと言い切る。

「桜子だ。ぜってぇー間違いねぇ!!俺が、桜子を見間違えるはずがねぇんだ」

はっきりと言い切る男鹿に、少し圧倒された。こんな真剣な表情を見るのは初めてで、ドキドキしている。

「そんなはっきり…」

同時に、どちらの言い分が正しいのかが解らなくて、戸惑った。
今まで男鹿を見て来たからこそ、信じていいのか解らない。不安しか残らない。

桜子が入院していた時、学校であった事を毎日話に行っていた。けれど、男鹿の話をした時、何も言わなかった。「すごいですね」と笑顔で話を聞いてくれていた。
桜子からの信頼が厚いと自負している。だからこそ、二人が知り合いなら、桜子は絶対に話してくれるはずだ。

「そう…」

お互いに引けない戦い。だけど、どっちの言葉を信じたらいいのか解らなくて、葵は浅いため息を吐いた。

男鹿なのか桜子なのか…。
桜子が嘘を吐いているとしたら、一体どうして…?


理由が知りたい。
信用仕切っていないのだとしたら、それは、すごく悲しいから…。
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