よろず夢置き場

□君しかいらない。
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「辛い思い、してきたんでしょう?いい加減、幸せになってもいいんじゃないの?」

「葵さん…。辛い思いばかりじゃないですよ」

葵の腕から、顔を上げた。
まだ目は濡れているけれど、先程の悲しみは消えている。
視線が合うと、桜子はにこっと笑い掛けた。

「葵さんに出会えました。それは、私の人生の中で、一番光り輝いていましたから」

「桜子…」

相変わらず笑顔は綺麗で、つい見惚れてしまう。
女をも魅了する笑顔を持つ桜子には、絶対に叶わない。

再び桜子を抱き締めた。
するといきなり、保健室のドアが開いた。

「わっ…」

驚きのあまり小さい声を盛らす桜子。入り口に立っている東条、中を指差しながら口を開く。

「治療終わって、目ぇ覚ましたぜ」

「本当!?」

「あっ…」

葵の腕から顔を上げて、桜子は少し戸惑った。
瞳を揺らして、再び俯く。そんな桜子に、葵は再び頬を叩いた。

「いたっ…」

「早く行きなさい!」

「葵さん…えっ!?わっ!!」

唖然とする桜子を無理矢理立たせて、背中を強く押して中へと入れた。
未だに悩んでいる桜子に、喝を入れたかったらしい。
桜子を押すと、入り口で仁王立ちになり逃げられない様に逃げ道を塞いだ。

「あんたには、幸せになって欲しいのよ」

そう言うと、葵はすぐに入り口を閉めてしまった。

どうやら、予想以上に最後の台詞が恥ずかしかったらしい。
背中を押され、桜子は恐る恐る男鹿の前に姿を現した。

「桜子…」

申し訳無さそうな表情で立っている桜子。そんな桜子に何かを感じて、男鹿は古市達に出ていけと手で合図を送る。
何だかただならぬ雰囲気。そんな雰囲気を察知して、古市やヒルダは保健室から出ていく。勿論、ベル坊も。十五メートル離れなければ、問題はない。
俯いて、目を真っ赤にしている桜子。昔を思い出して、つい笑いが込み上げてきた。

「泣き虫は、変わってないんだな…」

男鹿の優しい声に、思わず涙腺が緩み、涙が溢れてきた。
さっきっから泣いてばかり。再会して、また泣き虫になっている。

昔と変わっていない。
何もかもが昔のままで、昔を思い出した。

いつも優しく声で慰めてくれて、そんな男鹿が大好きだった。
今も、その気持ちは何にも変わっていない。そう、改めて思い知らされた。

「ごめん…辰巳…」

「何が?」

「その…知らないなんて嘘ついて…。本当は辰巳の事、忘れた日なんて無かったよ…」

忘れられなかった。
思い出す日がないくらい、忘れた事なんて無かった。
ずっと、辰巳だけを想っていた。

ポロポロと流れる涙。
そんな桜子の手を握り、自分へと引き寄せた。

「たつ…」

自分の上に倒れた桜子を、力一杯抱き締める。

「俺だって、桜子を忘れた日なんて無かった…。ずっと、桜子だけを想ってきた。ずっと好きだった。嘘を吐いた理由は聞かねぇー」

ずっと気持ちを伝えたかった。
離れた後に、ものすごく後悔した。


離れた後、連絡がつかなくて会いに行きたくても行けなかった。

会いたくて会いたくてどうしようもなかった。
気が狂いそうな程に、桜子を求めていた。

だから八つ当りみたいに喧嘩をして…。
名が知られれば、桜子が会いに来てくれるんじゃないかと勝手に期待して…。
喧嘩をしていれば、また桜子に会えるんじゃないかと希望を抱いて…。

そして、現実は甘くないと勝手に落ち込んだ。落ち込んで、桜子がいない渇きを、やはり喧嘩で紛らわした。

でも、敵が増えただけで潤いなんて得られない。
当然だ。桜子が傍にいないんじゃ、この渇きなんて一生潤わない。

もう会えない。
もうダメなんだ。
そう絶望していたら、目の前にずっと求めていた子が現れた。

抱き締めたかった。
けど、そんな事して振り払われたら一生立ち直れない。

しかしもっと酷い事に、「知らない」と言われた。だけど、あんなに会いたくて求めていた子を間違える訳が無い。

桜子を見た瞬間確信した。
そして、桜子の泣き顔を見て、その確信が自信へと変わっていく。

もう離さない。
何があっても守りぬく。
この先何があっても、絶対に桜子しか好きになれない。


優しい男鹿の腕に安心して、桜子は腕を背中に伸ばす。

「ありがとう…」

「これだけは聞かせろ。お前、俺の事好きか?」

自分は気持ちを告げた。
でも、桜子からまだ気持ちを聞いていない。

男鹿の腕から顔を上げて、満面の綺麗な笑みを浮かべる。

「好きだよ辰巳。大好き!」

ずっと言いたかった。
蓋をしていた長年の気持ちが、一気に溢れ出していく。

もう、止められない。
辰巳が大切で、好きで好きで仕方ない。

桜子の笑顔に、照れた様な笑顔を浮かべる。相変わらず、桜子の笑顔は綺麗で可愛くて、癒される。

桜子がいなかった分の渇きが、嘘の様に満たされていく。

「俺も、大好きだぜ」

そう言いながら、桜子と唇を重ねた。優しくて暖かくて、ずっと欲しかった温もりが目の前にある。
それが嬉しくて嬉しくて、この子以外何もいらない。そう思えてきた。

やっと手に入れた愛しい子。
もう、絶対に手放さない…。
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