よろず夢置き場

□君しかいらない。
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引き止めるも、東条は構わずに校舎内へと戻っていく。
東条が登校してきた事に、皆が驚いている。本当に強いんだ。喧嘩を吹っかける奴なんて一人もいやしない。

「東条待って!!」

「んだよ。何でそんなに慌ててんだよ。何か隠してんのか?」

「か、隠してない!!べ、べべべ別に…」

「ふーん…」

明らかに怪しい態度。
問い詰めても、桜子は絶対に答えない。そんな予感がするが、東条はぐいっと桜子に顔を近付ける。
視線を逸らして、目を泳がせている。明らかに、何か隠している。
階段の踊り場で、じりじりと壁に追いやられる。

「ちょっ…と、東条…?」

壁に手を着いて、桜子が逃げない様に固める。
傍から見たら、東条に口説かれている絵面にしか見えない。けどお互いに、恋愛感情なんてない。


まぁ、東条は知らないけど。


「絶対隠してんだろ。正直に言え」

「だ、だから何も隠してないよ!!離れてよ!!」

「言うまで離れねぇ」

「はぁぁあ!!!」


こんな所、男鹿に見られたくないのに…!!

離れる気配のない東条。
突き放そうと胸を押すが、男の力に叶うはずがない。
びくりとも動かない。

次第に野次馬が集まってきて、「東条が姫を口説いている」という噂が一気に広まった。
不良は、色恋沙汰で色めきたつ習性がある。それが災いした。
勿論男鹿の耳にも入り、男鹿と古市は桜子を助けようと急いで向かう。そして、目の前に広がっている光景に、切れた。

「てめぇー!!桜子に何してんだ!!今すぐ離れろ!!」

「たっ…男鹿!!」

「あぁ?男鹿?こいつが?」

階段を凄い形相で駆け上がってくる。そんな男鹿を見て、思わず慌ててこの状況から脱出しようと、東条の腕で暴れる。
いないと嘘を吐いたことがばれてしまった。気が動転して、桜子はへまをやらかした。
すぐそこが階段と言うのを忘れていた。足を踏み外し、体が宙に浮く。

「桜子!!」

「あっ!!」

男鹿と東条の叫び声が聞こえる。
二人の声に、落ちる!!と自分のピンチを理解し、瞳を閉じた。
しかし、何か暖かい物に抱き抱えられた。
咄嗟に桜子を抱き留めて庇い、一緒に階段から転がっていく。
意外と長い階段。痛みを感じない事が不思議だったけど、考えている余裕なんてない。

ドスン!と大きな音が聞こえ、床に叩きつけられた。
落ち切ったと、桜子は頭を抱えながら起き上がる。

「いっ…」

目を開けた瞬間、目の前に広がる光景に、心臓が止まりそうになった。一気に、全身の血の気が引いていくのを感じた。

「た、たつ…み…?」

頭から血を流して、気を失っている。揺すっても、返事は返ってこない。
何度か揺すってみるが起きなくて、桜子は事の重大さを痛感。
呆気に取られていたのが一辺。どうしたらいいの解らなくて戸惑い、声を上げて泣いていた。

「辰巳!!ねぇ目ぇ開けてよ!!ねぇ!!ねぇっ…!」

半ば錯乱状態の桜子を慰めようと、古市が桜子を抱き締めて落ち着かせようとする。
けど、泣き叫ぶ一方で全く効果はない。

「いやっ…辰巳…!!辰巳!!」

昔の懐かしい男鹿の呼び名。
やっぱり、桜子は幼馴染みの桜子だ。間違いない。
気が動転しているあまり、名前で呼んでいる事に気付いていない。
未だ起きない男鹿に、桜子は手を伸ばして必死に呼び掛ける。しかし、その場に似付かわしくない、凛とした声が聞こえてきた。

「全くこのトブ男め。ぼっちゃまを投げるとはいい度胸だ」

「だ、誰…?」

いきなり現れた金髪の女に、桜子は泣き止んで顔を上げた。
こんな女、見た事がない。ドブ男は、多分男鹿の事。
茫然としている桜子の代わりに、古市が口を開く。

「ヒルダさん!!男鹿が頭打って気ぃ失ってしまって…。保健室に運んで…」

言い終わる前に、東条が男鹿を肩に担いだ。少なからず、責任は感じているらしい。

「桜子、もたもたしてねぇーで行くぞ」

「あっ…」

やっと落ち着いてきた桜子は、力任せに古市を突き放して、東条の後を追い掛ける。

「痛い…」

「バカ市め。後であいつに知られたら殺されるぞ」

「い、言わないでぇぇぇぇぇ!!!!!!」

抱き締めたなんて知られたら、絶対に古市はあの世行き。
誰よりも何よりも、男鹿は桜子を大事にしている。だからこそ、桜子を庇ったんだ。
そのお陰で、桜子は傷一つ負わずに済んだ。
咄嗟に体が動いちゃう程、桜子が大事で大切で仕方ないんだ…。


* * *


男鹿を保健室まで運び、今は治療中。桜子から、泣きながら電話が来たから慌てて保健室へと向かう葵達。
初めて聞く泣き声に、戸惑った。一人でも泣かなかった桜子が、縋る様に電話をして来たんだ。心配しない方がおかしい。保健室に着くと、ドアの前に座り蹲っている桜子の姿を見つけた。

「桜子!!」

「あ、葵さん…」

充血した目で葵を見上げ、再び瞳を潤ませる。そしてすぐに俯き、涙を流し始めた。

「ど、どこか痛いの!?大丈夫!?男鹿は中?」

無言で頷き、目の前にしゃがみこんだ葵に抱き付く。

「ごめんなさい…わ、私の所為で…っ!ごめん…なさい…」

「桜子…」
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