よろず夢置き場

□君しかいらない。
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心月流は会得している最中。葵の様な技なんて身に付けちゃいない。何かされたら、拳で応戦するしかない。

「そんな事があったのか?」

「知らねぇーよ。俺は桜子がこの学校に入った事も知らねぇーんだ」

自分の知らない桜子がいる。その知らない事を知っている姫川と神崎が気に入らなくて、男鹿は二人を睨み付けたまま。

桜子が、自分と離れた後にどんな生活を送って来たのかは知らない。けど、ああやって葵を慕っている所を見ると、桜子が烈怒帝留の一員だという事くらい簡単に察しは付く。
姉が初代副総長だったんだ。桜子が烈怒帝留に入る事は簡単。そして、入るだろうと予測する事も簡単。でも、あんなに葵に懐く理由が解らない。ベル坊じゃあるまいし。

会えない内に、桜子に何があったのか知りたい。
いつだって、桜子を守るのは自分だったのに…。

いつから、違う奴に守られてるんだ…?


姫川と神崎の話は本当。

『邦枝葵殴る代わりに、てめぇー殴らせろ』

そう言われ、素直に抵抗する事もなく殴らせた。
因縁付けてきた奴は、ただ桜子が気に入らなかっただけ。
けど桜子は、下らない喧嘩を葵に持ち込みたくないという思いで、理不尽な要求を飲み込んだ。
葵が負けるなんて考えられない。だけど、自分が殴られて葵に、烈怒帝留に危害が及ばないなら、その方がいい。だから、大人しく殴らせた。
その時に負わされた傷の所為で、今の今まで病院にお世話になっていたんだ。

「何が言いたいの?」

鋭い目付きで二人を睨み付ける。緊迫した空気が、教室に流れる。

「おいおいおい…なんかヤバく…って男鹿!!」

古市の台詞の途中、男鹿が耐え切れずに立ち上がり、歩き始めた。
目の前で、好きな女が気持ち悪い二人に絡まれているんだ。動かない方がおかしい。
最初は戸惑っていた古市も、「仕方ねぇか」と諦めて見守る事にした。

「嬢ちゃん、俺と付き合わねぇ?」

「いいや俺だろう」

「はぁ?」

いきなりの訳の解らない告白に、緊迫した空気が一気に壊れた。

何を言っているんだろう…。
この二人は…。

唖然としていたら、横を誰かが通り過ぎた。

「あっ…」

振り向くが既に後ろ姿すら見えない。再び前を向くと、その後ろ姿には、真っ裸の赤ん坊。
そう言えば同じクラスだっけと、今思い出した。

「男鹿…」

小さい声で名前を呼ぶと、神崎と姫川は歩いてくる男鹿に視線を向けた。

「何だよ。俺達の告白邪魔すんなよ」

その台詞が頭に来た男鹿。無言でがっ!と目を見開き、黒い悪魔のオーラを背負いながら、姫川に向かい思い切り拳を振り翳す。
なぜかベル坊からも黒いオーラが出ている。そのまま振り上げて、姫川の顔に拳をめり込ませた。
勢い良く、そして華麗に廊下を飛ぶ姫川。いきなり仕掛けた男鹿の攻撃に驚き、桜子は唖然として言葉が出てこない。

「なっ…」

「男鹿てめぇ…いきなり何してんだぁ?急に喧嘩売って来やがって」

「………じゃねぇーよ…」

「あ"ぁ"!!??あんだよ!」

聞き取れなくて、神崎は苛つき眉間の皺を更に深くしながら聞き返す。
ばっちり喧嘩の態勢に入った二人。飛ばされた姫川は気を失っている。
神崎に聞き返され、男鹿は神崎を睨み付けながら口を開く。

「気安くこいつを、口説いてんじゃねぇーよ…」

「なっ!な、何…言ってんのよ…」

男鹿の思いがけない言葉に、桜子は顔を赤く染めて思わず動揺を顕にした。
隠し通すと決めた。決めたのに…。人の決意を折ってばかり。

「あぁ?何。この女、てめぇの女なのかよ。嫁はどうした」

「嫁…?」

思いがけない単語を聞いて、桜子は真剣な表情へと切り替えた。
しかし、男鹿の一言一言で、安心してしまう自分がいる。

「あいつは嫁なんかじゃねぇー。桜子は俺のだ。気安く話し掛けんな!」

「ちょっ!!あんた何言ってんの!!私はあんたなんか知らないってば!!」

再び顔を真っ赤にしながら否定する。
本当は嬉しくて嬉しくて仕方ない。でも、ここでそんな事言えない。葵を、尊敬している人を裏切る訳には行かない。
葵に嫌われたら、どうしたらいいのよ…ッ!


「うるせぇ!!お前は絶対俺が知ってる桜子だ!間違いねぇ!!否定したって認めねぇ!」

人の気を掻き乱すのが得意なんだ。そんな男鹿が、簡単に引くとは到底思えない。
どっからどう見ても、男鹿の知っている桜子で間違いない。だから、何が何でも諦めない。
どんな理由があるのかなんて知ったこっちゃない。

桜子が好き。

だから、自分を認めさせて絶対に白状させてやる。

「なっ…」

男鹿の迫力に押されて言葉につまる。すると男鹿は、大勢の前で堂々と宣言する。

「俺はお前が好きだ!!昔からずっと好きだった。やっとまた会えたんだ。ぜってぇー振り向かすからな!!」

「なっ!!何言って…」


男鹿が自分を好き?
何この夢みたいな展開。

でも、その気持ちには答えられない。

「だっ…だから!私はあんたなんか知らない!!あんたの知ってる桜子じゃない!!」

いたたまれなくなり、桜子は教室から走り出した。

「あ、おい!」

追い掛けようとするが、後ろから腕を捕まれた。
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