よろず夢置き場

□君しかいらない。
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学校であった事を報告してくれる葵。遠征から帰ってきてから、葵は毎日の様に「男鹿」の話をする様になった。
話を聞いている限り、桜子の知っている「男鹿」で間違いじゃない。けれど深くは聞いた事がなく、気のせいかもしれない。

そう、思いたかった。
しかもどうやら、葵は男鹿の事が好きらしい。

葵は尊敬している人。そんな葵が好きな人が好き。それなのに、気持ちを告げるなんて出来ない。
「私も男鹿が好き!」なんて、絶対に言える訳がない。だから、知らないフリをした。

葵が男鹿を好きなら、この気持ちは絶対に告げない。

叶う叶わない関係ない。
「好き」なんて、絶対口にしない。それに、もう男鹿は絶対に覚えていないだろうから。

そう、思っていたのに…。
男鹿は覚えていてくれていた。

名前を呼ばれた時、動揺してしまい、上手くやれる自信が無くて、桜子は屋上で溜め息を吐いていた。

「はぁ…まさか、今更会うなんて…」

忘れかけていた気持ちが、再び込み上げてくる。
昔は泣き虫で、よく姉に絞られて泣いていた。でも、その度に男鹿が慰めてくれた。
好きにならない方が不思議なくらい、男鹿は優しくて強かった。いつからだろう。一緒に喧嘩をする様になったのは…。

相変わらず喧嘩は強いみたいだ。まぁ、葵が好きになったんだ。それくらいしてもらわないと、相応しくない。
それにしても、男鹿と喧嘩していて良かったと、心の底から実感した。喧嘩が出来たから、烈怒帝留に入っても葵に迷惑掛けずに済んだ。怪我を負わされて入院してしまったけど、葵は笑顔で毎日お見舞いに来てくれたし。
烈怒帝留に入って益々折り合いが悪くなったけど、でも後悔はしてない。だって、憧れの人の下に付けるんだ。余計に毎日が楽しくなった。

「今の日常、壊したくない…」

だからこそ余計、男鹿に気持ちは伝えられない。いや、伝えちゃいけない。自信がなくても、やっていくしかない。
桜子は前を見据えて、決意を瞳に宿す。強くて真っすぐな瞳が、揺らぐ事なく空をとらえる。

「葵さんから、絶対に離れない」

自分で決めた道。
絶対に後悔しない。

「桜子」

「っ!?あっ、葵さん!!??」

いきなり背後から優しい声が聞こえてきた。何の前触れのない登場に驚きのあまり肩をびくつかせて、桜子は顔を真っ赤にして振り替える。

「ねぇ、本当に男鹿の事知らないの?」

「えっ?どう…してですか?」


ドキッと、心臓が跳ねた。
少し慌てながら、冷静を装いながら聞き返す。

もしかして、動揺していたのがばれた…?


「あいつ、すごい必死だったから…。男鹿のあんな表情、初めて見た」

落ち込んでいる様な葵の表情。
ズキッ‥と、心が痛んだ。
葵に嘘を吐いて、葵を悲しい気持ちにさせている。

そんな事したくない。
葵にはいつだって、あの優しい笑顔を浮かべていて欲しい。


嘘なんてつきたくない。
だけど、自分の気持ちを打ち明けて、葵の傍にいられなくなるのは、もっと嫌だ。
葵が悲しい表情を浮かべていても、本当の気持ちなんて口に出来ない。

全て自分の為にしかならない。
そんなのちゃんと解っている。

葵を傷つけたくない。
葵に嘘はつきたくない。

そうやって、自分の都合のいい様に解釈して、自分の身を守る為でしかないんだ。


男鹿が好き。


そんな葵の表情に、過去の事を話す気になんて到底なれない。
男鹿と桜子に接点があると解れば、絶対に今まで通りになんていかないから。
絶対に葵は気にしてしまう。だから、何があっても言わない。
今は男鹿より、葵の方が大事。

「男鹿は、腕は立つけど馬鹿だって聞きました。だから、誰かと間違えてるんですよ」

「そう…」

有無を言わせない桜子の綺麗な笑顔に、葵は認めるしかない。
桜子がそう言っているんだから信じよう。これ以上強く追求できなくて、納得せざるを得ない。

「それより葵さん、教室戻りましょう」

「そうね」

葵も釣られて笑顔になる。
二人で歩き始めたら、葵はふと顔を上げた。

「あ、そうだ桜子。あんたいい加減敬語止めてよ。何だかむず痒くて」

一つしか違わない。しかも、中学からの付き合いなのに、いまだに敬語なのは気が引ける。
確かに、葵の方が年上。だけど、そんな細かい事を気にする程、器は小さくない。
年上年下関係なく、桜子とは親友になりたいと思っているのだ。

「いえ。葵さんは私の憧れの人です。敬って当たり前なんですよ」

葵に振り返った瞬間、さぁ…っと、風が吹き抜けた。
髪が風に弄ばれる。綺麗な笑顔を浮かべる桜子にドキッとした。

「あっ…」

同性でも顔を赤くしてしまうくらい、桜子は綺麗だ。
出会った時より、その美しさに拍車が掛かっていく。
こんな綺麗な人を、見間違えるなんてあるのだろうか…。

「葵さん、行きましょう」

「え、えぇ…」

桜子の言葉に、葵も歩き出す。
綺麗な瑠桜子に、憧れずにはいられない。
桜子は、葵に憧れているというが、葵だって桜子に憧れを抱いているのだ。
けどそれは、恥ずかしくて桜子にはまだ言えない…。
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