2

□月が泪を流す夜
1ページ/4ページ




「有り難い話、ですが……俺は……」
 項垂れる浮竹十四郎に、向かいに座った男は柔和な表情で笑う。
「今すぐ、答えを出してくれなんて言わない。だから…」
 考えてみてくれ。と言うと男は浮竹の肩を叩き、去っていった。
「……」
 浮竹は男が出ていった出入口を見つめると、大きく息を吐き出す。
 その吐息には、苦悩と悲哀が込められていた。





「おや、珍しい。日番谷くんがこんな所に来るなんて」
 すでにほろ酔いなのか、京楽は何時もの何倍もにこにこ笑っている。
 だが、乱菊を伴って居酒屋にやってきた日番谷は気付いていた。
 その笑みが、形だけの貼り付いた笑みである事に。
「……松本に無理矢理連れてこられただけだ」
 言いながら、京楽がひとりで空けたらしい銚子の山を見つめる。
 いつもより多いな。と呟きながら、席に腰掛けると、乱菊は早々に酒を注文していた。
「隊長は何飲みます?」
「まかす。適当に注文してくれ」
「はーい」
 店員に山のように注文をする乱菊を横目に、日番谷は京楽の様子を伺う。
 見た目は普通の酔いどれっぷり。しかし瞳は暗く濁り、隠してはいるが、刺々しい霊圧が肌を刺すように痛ませる。
 これは相当だな。と思いながら運ばれてきたつまみをひとつ口に放れば、京楽と目があった。
 顔は笑っているのに目が少しも笑っていない。
 今夜は長い夜になりそうだ。
 そう思いながら、京楽が酌をしてくれた酒を一気に飲み干した。



「で。浮竹…隊長は、その縁談話を断ったんだろ?」
 飲み始めてから数時間。潰れた乱菊に己の羽織と京楽の羽織と内掛けの三枚をかけてやり、日番谷は尋ねた。
 えらくピッチの早かった乱菊と同じだけの酒と、その前に大量の酒を飲んでいたくせに、京楽はまだ正気を保っていた。いや、飲めば飲む程、その思考は研ぎ澄まされていくようだった。
 京楽をそうさせる理由をひとつしか知らない日番谷は、単刀直入に聞いてみた。京楽の異変の原因…浮竹の元にもたらされたという縁談の話だ。
「……まだ断ってはいないみたいだよ。話を持ってきたのが、昔からよくしてもらってる叔父さんらしくてね。
 なかなか断れないみたいだよ。向こうは善意でしてる事だし」
 何でもない事のようにあっさりと言い放つ。でも、本心はきっと違う。
「……結婚なんかしねえだろ、今更。
 するならもっと早くにしてた筈だ」
 あんたがいたから。視線だけでそう告げれば、京楽はふっと瞳を細めた。それは達観した大人の顔で、子供扱いされた日番谷はムッとしたように片眉を上げる。
「好きなだけじゃどうしようもない事ってのはあるさ」
「今まではどうにかしてきたんだろ?」
 そう言ってやれば、京楽はうん。と、小さく頷いた。
「日番谷くんの言う通り、今まではどうにかしてきた。ボクはとうの昔に両親から放っておかれてたし、浮竹も自分の病を理由にずっと見合いも縁談も断ってきた」
 でも。そう呟いて、京楽は強い酒を一気にあおる。
「今回ばかりはそうはいかないかもしれない。
 浮竹の叔父さんってのは凄くいい人でね。病持ちな浮竹でも気にしないって娘を見付けてきたんだってさ」
「……妙に詳しいな」
 わざわざ調べたのか。と、疑問に思った日番谷がそう尋ねれば、京楽は自嘲気味に言った。
「浮竹に聞いた。ボク、フラれちゃったんだよ」
「浮竹がそう言ったのか?」
 ゆるゆる首を横に振り、京楽は猪口を置く。
「まさか。あの子はそんな事言ったりしないよ……優しいもの」
 わざとらしい作り笑いに、日番谷は眉間に皺を寄せた。
「だったら、俺みたいなガキに愚痴ってねえで、さっさと浮竹んとこ行ってこいよ」
 先程子供扱いされたのを根に持っているのか、日番谷は京楽を睨み付けてそう言った。



「隊長……。京楽隊長、浮竹隊長の所行ったんですか?」
 ひとり杯を傾けていた日番谷に、そう尋ねてきたのは潰れた筈の乱菊であった。
「……さあな」
「すみません、隊長。七緒に頼まれたとはいえ、無理に付き合わせてしまて」
 京楽を案じた七緒に頼まれ、日番谷と乱菊は京楽がいるであろうこの居酒屋にやってきたのである。
「世話の焼けるオヤジどもだ…」
 苦い酒を飲み干し、日番谷はぼやくようにそう呟いた。


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ