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□狂う天秤
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「十四郎……一体どういうつもりなんだい?」
「何が、だ?」
一番隊隊舎前。隊主会会場に向かおうとしてした浮竹の腕を掴み、建物の陰に恋人を引き込むと、京楽はらしくない程真剣な表情を向けてくる。
「何が、じゃないよ。あんまりふざけた事言うと、怒るよ?」
「……」
京楽の怒りの原因と、その怒りが本物であるとわかっているのだろう。浮竹は俯いて、京楽の視線から逃れようとする。だが──
「十四郎。本気でボクを怒らせたいのかい?」
手首を握り締める京楽の拳に力がこもる。浮竹の細い腕の骨が軋んで、悲鳴を上げる程に。
「……ボクに不満があるなら、避けてないではっきりお言いよ」
そうなのだ。ここしばらく、浮竹はあからさまに京楽を避けていた。
それこそ、海燕や七緒といった浮竹と京楽の関係を知る者から、ルキアや他の十三、八番隊隊員…ふたりの仲を知らない者達までが皆揃って心配する程に。
「十四郎」
「…何でもない」
ゆるゆると首を振る浮竹の姿は、普段の快活な彼からは想像出来ない程、儚く弱々しい。
京楽はいつもより小さく見える恋人の姿に眉をひそめる。
そして──
「……ボクは、君を傷付けたかい?」
尋ねる京楽の表情は、恐ろしい程に、悲しげだ。けれど、顔を伏せたままの浮竹は、それに気付かない。
「すまない、春水。もうしばらくだけでいいから、俺の事を放っておいてくれ」
「十四郎…」
京楽の腕を振り払うと、浮竹は一番隊の隊舎内へと消えた。
その背中は、京楽のすべてを拒絶していた。
自分が悪いのはわかっている。
浮竹はそう思い、自己嫌悪に浸っていた。
何も言わないのは卑怯だという事もわかっている。だけど…
「──よって、各隊とも十分に…」
いつもならはっきり聞こえてくる師の声が遠い。隊主会で上の空なんて、初めての事だ。
それほどまでに、浮竹の脳は京楽の事で占められていた。
事の起こりは数日前に遡る。
それは細やかな出来事であった。
今期、十三番隊に入隊した女性隊員が、京楽と共に街中を歩いているのを見かけたのだ。
彼女が京楽家の縁戚にあたる家の人間であるという事は浮竹も知っていたから、その時は声をかけず、黙って場を離れた。
その後の事だ。彼女が浮竹に、京楽に縁談を勧めてくれと言い出したのは。
よりにもよって彼女は、京楽の恋人である浮竹に、自分と京楽の縁談の仲人をしてくれと言ったのである。
言葉を無くす浮竹に対し、彼女は年の差か地位の差故に、京楽との結婚を反対されていると思ったらしい。真摯な態度と言葉とで、彼女は浮竹に京楽への思いを語った。
それは愛とか恋とかいう類いのものではなく、家と血の為に、京楽と結婚したいという話であった。
浮竹はまるで鈍器で殴られたように脳味噌がぐらつくのを感じながら、隊長という立場と態度を繕いながら、必死に言い募った。結婚とはそういうものではない、そんな思いで結婚などしてはならないと。
だが、彼女は勇ましいまでに大貴族の子女であった。
家を守り、繁栄させるのが自らの仕事であると。
彼女は自分を慮ってくれた浮竹に礼を言うと、再度京楽への橋渡しを頼むと言って、その場を去っていった。
それから、浮竹はまともに京楽の顔を見る事が出来ていない。