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□美味なる僕らの関係
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いつも不思議に思う事があった。
肺を病んでいる浮竹は、学校を休む事が多い。
実家ならともかく、寮生活では自分の面倒は自分でみないといけないのだが、余りに病状が酷いと医務室に行く事すら──食事を取りに行く事すら出来なくなる。
そうすると、床の中で空きっ腹を抱えて、必死に肺が落ち着くのを待つしかない。
だが、それは結構キツい話なのだ。
食事を取らなければ体力は戻らない。体力が戻らないから起き上がれない。起き上がれないから食事が取れない。悪循環である。
だが、最近はその悪循環が断ち切られつつあった。
京楽春水の存在のおかけである。
「浮竹、起きてるかーい?」
部屋の外から京楽の声がする。
それと同時に漂ってくる薫り。
浮竹は、起きてるぞ。と返したかったのだが、喉が妙にざらざらして声が出ない。
その代わりに返事をしたのは、漂ってきた食欲をそそる薫りに反応した浮竹の腹の虫であった。
かすれた浮竹の声より余程明瞭なその音に、扉の向こうで京楽が吹き出す気配がした。
浮竹が恥ずかしくて頭まで布団を引っ張りあげた。それと同時に、京楽が中に入ってくる。
その手には小さな盆を抱えて。
「お邪魔するね。お粥持ってきたからお食べよ」
こんもり山になっている布団の脇に腰を下ろし、僅かにはみでている白髪に指を絡める。
「さっさと出てきておくれ。粥が冷めちまう」
口では急かしながらも、京楽の口調は優しく、落ち着きを放っている。京楽はけして病人に何かを強いるような言動はとらない。
それを知っている浮竹は、自分ばかりがいつまでも子供のように意地を張っているわけにもいかず、もぞもぞと布団から起き上がった。
「……別に飯につられたわけじゃないからな」
「いいじゃない。食欲あるのはいい事なんだし」
くしゃくしゃの髪を軽く直してやり、肩に羽織るものをかけると、京楽は盆をずいと差し出す。
「卵粥。君好きだったよね?」
「…いつもすまない」
京楽は浮竹が寝込むと、かならずといっていい程こうして世話をしにやってくる。
身内以外の者に世話を焼かれて、最初の頃こそ照れたり申し訳なく感じていたりしたが、すっかりこれも日常の風景と化していた。
「熱いから気をつけてね」
「ああ」
茶碗に盛られた粥からは空腹を刺激する薫り。
寝込む事など無いに越した事はないのだが、この粥を食べられるのなら少しくらいの体調不良も悪くないと思ってしまう。
そんな己の現金さに内心苦笑しながらも、浮竹はゆっくりと匙を動かす。
浮竹が食事をする間、京楽はその日あった授業の内容や、季節の変化。元柳斎の愚痴などを面白おかしく話す。京楽は話が上手いのだ。
「それでボクだけ正座させられてさぁ。山じいったら酷いよねぇ?」
普段の何倍も時間のかかる浮竹の食事が終わる頃、京楽の話も終わる。
浮竹は汚れた茶碗と匙を盆に戻すと、浮竹の口の回りをぬぐってやった。
「はい、お水と薬」
コップと紙の包みを差し出され、浮竹は渋面ながらも受け取る。
この薬はよく効くのだが、苦くて有名なのだ。
「我慢して飲みな」
「わかってる」
普段は自分が京楽の面倒をみているような状態なのに、こういう時だけ京楽は大人な顔で浮竹を見る。その表情は妙な迫力があって逆らえず、浮竹は仕方無く薬を受け取った。
水と一緒に粉薬を流し込めば、やはり舌にも口内にも苦味が残る。
「偉かったね、十四郎」
くしゃくしゃと頭を撫でられ、ご褒美。と、手渡されたのは大福。
浮竹はふっと笑みを漏らす。
と、その時。浮竹は何かを思い出したように、あ。と声を上げた。
「何、どうしたの?」
「いやな。いつも不思議に思ってたんだけどな」
ずっと聞くのを忘れてた。と呟いて、浮竹の視線は空っぽの土鍋に向かう。
「それ、誰が作ってるんだ?」
その問い掛けが意外だったのか、京楽の瞳が微かに見開かれる。
「急に何? ひょっとして美味しくなかったとか?」
「その逆だ」
浮竹は指先で軽く茶碗の縁を撫でると、京楽の顔を見て言った。
「とても美味い粥だから、毎日でも作ってほしいくらいだと思ってな」
そう答えると、京楽の目はさらに見開かれる。
「それ、ボクが作ったんだけど」
その答えに、今度は浮竹が驚きに目を見張ったのであった。