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□君を好きだと言うための理由
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 京楽春水は、生まれてこのかた一度だって一目惚れというものを信じた事が無い。
 死神統学院に入る前、京楽が付き合っていた女達は、皆向こうから寄ってきた。
 彼女達は京楽春水という一個人よりも、京楽家の次男坊という肩書きの方にひかれていた事を、京楽は知っている。
 別にそれはそれでいい。
 はっきり、どこが好き・どういう男だから付き合いたい。という事を言われた方が、京楽は楽だったし、信頼出来た。
 京楽は見た目の楽天的な面を裏切り、不確かなものが嫌いだった。いや、嫌いというよりも怖いに近いか。
 何故怖いのか、その理由はよくわからないのだが……とにかく、誰かを好きになるには好きになるだけのものがないと有り得ないと、京楽は思っていたし、信じていた。
 だからその理由の無い一目惚れを、京楽は信じていない。
 だって一目で恋に落ちるなんて、そんなの自分の好みの造形が服を着て歩いている以外に有り得ないじゃないか。と、心の底から思っていた。
 だからなのだろう。京楽が初めて浮竹を見た時に抱いた感情を、何と形容していいかわからないのは。





「どうしたんだ、春水。ぼんやりして」
 目の前でひらひらと揺れる白い掌。
 はっと意識を戻して、焦点を合わせると、掌の向こうに白い髪と肌と、そして翠の瞳。
「………………十四郎」
「おう」
 浮竹は不思議そうに首を傾げている。目を開けたまま眠っていたのだろうか、なんて思っているのかもしれない。
「ごめん。寝てた……かなぁ?」
「俺に聞かれても困る」
 それはその通りだろう。
 京楽は強張った全身の関節をゴキゴキ鳴らしながら、大きく伸びをする。
「あ、いけない。ノートとるの忘れてた」
 時刻はすでに放課後。黒板は綺麗さっぱり何も残っていない。
「またか。今月これで何度目だ?」
 呆れたように言い放って、浮竹は京楽の机の端に腰かける。
「お前、最近ぼーっとしてばかりじゃないか」
「そう……かな?」
 京楽はひとつ溜め息をついて、ぐったりと机につっぷした。
「何か心配事でもあるのか? 俺でよかったら相談にのるぞ?」
「そーだねー」
 心配事……というか、自分の頭が心配だ。
 少しだけ頭を上げた先に浮竹の腕が見える。
 その手に触れたい。指を絡めたり、くちづけたり、舌を這わせたりしたい。
 そんな事を考えてる、自分の脳味噌が激しく心配だ。
「春水?」
「……ごめん。頭ん中がグチャグチャなの。また今度にして」
 あまりにも元気の無い様子に、浮竹は心配げに眉を下げるけれど、ひとことわかったとだけ告げた。
 けして力ずくで話を引き出させようとしない浮竹の優しさには感謝するが、逆に生殺しな気がしなくもない。
 だけど――
「じゃあな、春水。また明日な」
「うん。またねぇ〜…」
 去っていく浮竹にヒラヒラと手を振りながら、京楽は大きく溜め息を吐き出した。


 
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