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□独り月夜に
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日が暮れ、就業時間も終わる頃。
……だというのに、雨乾堂からは書類を繰る音が響いてくる。
堂の中には長い白髪を結った新隊長がひとり、文机に向かって一心不乱に筆を操っていた。
積まれた白い塔は少なく見積もっても、二十以上。一日で終わる量ではない。
だがそれでも新隊長は…浮竹十四郎は、熱心に書類を捌いていた。
浮竹が十三番隊の隊長に就任したのは三週間前。
同期の中では一番の出世頭と言われていた京楽を抜いて、隊長に就任した。
だがしかし。これでやっと家族に楽をさせてやれると喜び、恋人であると同時にライバルでもある京楽を初めて追い抜いた事に少なからず優越感を感じていた事が遠い昔のように、浮竹の内ではぐるぐるとある感情が渦巻いていた。
それは――
「京楽…」
名を呼ぶのと同時に筆を置き、文机に突っ伏す。
かれこれ一ヵ月以上顔を合わせていない恋人の事を思うと、自然に溜息がもれる。
浮竹が隊長に就任する事が決まった時、京楽はまるで我が事のように喜んでくれた。
細やかなふたりだけの宴。そしてその後は翌朝まで、どろどろになるまで抱き合った。
それから就任までの一週間は引継ぎに追われ、就任してからの一週間は隊長業務に追われ、さらにその後の一週間はそれまでの疲労故に寝込み、さらにそのあとの一週間である現在、寝込んでいた間の仕事を消化しようと躍起になっていた。
京楽に会いに行く暇など一時も無く、京楽が浮竹に会いに来る事も皆無であった。
それは多分、忙しい浮竹を慮っての事なのであろうし、時折部下の持って来る情報では、京楽が副隊長を務める八番隊の隊長が引退を考えており、隊内がごたついているとの話も聞こえてきていた。
何にしろ、浮竹と京楽が一ヵ月もの間、言葉を交わすどころか顔を合わす事すら出来ていないのは事実であった。
「はぁ…」
吐き出した溜息が悲哀に満ちている事は自覚しているが、止められるものではない。
浮竹はころりと寝転がると、疲れた目を癒すために瞼を閉じた。
頭を占領する書類の文面を追い出すように、思い浮かべるのは、最後に会った愛しい恋人の姿。
可愛くて可愛くてたまらないというように、自分の名を呼ぶ声。愛しくて愛しくてたまらないというように、自分の肌を撫でる指先。
思い出すと体の芯が熱くなって疼く。
一ヵ月、触れる事も声を聞くも叶わなかったからか。思い出される情事の記憶は、浮竹の体に容易く熱を灯した。
「……っ」
浮竹は腕を伸ばして行燈の火を落とすと、己の袴の紐を解いた。