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□蜜月の可愛い人
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 八番隊に新隊長と副隊長が就任してから一ヵ月。今日も今日とて、隊舎に副隊長の怒鳴り声が響いていた。
「京楽隊長!」
 大量の書類を片手に、執務室の扉を吹っ飛ばさん勢いで開けた男。八番隊副隊長の浮竹十四郎である。
「やぁ、どうしたんだい十四郎。そんな顔してちゃ、そっかくの可愛い顔が台無しだよぉ」
 机に腰掛けた男の呑気な…あまりに呑気過ぎる口調に、それなりに長く太い筈の浮竹の堪忍袋の緒も切れそうになっていた。
「お前が……隊長が仕事放り出すからでしょうが」
 それでも副隊長の義務としてか、精一杯平静を保ち、書類を机に叩き付ける。
「さっさと片付けて下さい」
 ギロリと睨み付けられれば、京楽はわざとらしくやれやれと肩を竦めて、書類を一枚手に取った。
 それを見届けると、浮竹は自分の席に腰掛け、大きく溜息をつく。
 就任してから一ヵ月。毎日毎日こんな日が続いていた。



 同期であり恋人でもあり、実力も伯仲している浮竹と京楽が隊長と副隊長という間柄なったのは、一ヵ月前。隊長枠がひとつだけ空いたせいだった。
 本来ならどちらが隊長になってもおかしくはない状況だったが、京楽は浮竹が隊長になるだろうと思っていた。
 だが、結局隊長は京楽になった。後に元柳斎に尋ねてみれば、体の弱い浮竹を慮っての事らしい。
 しかし。京楽はその人事に物申したかった。
 就任が決まったばかりの頃、京楽とて浮竹と四六時中一緒にいられるこの人事を大層喜んでいた。だが、京楽はひとつ見落としていた。
 浮竹の生真面目過ぎる性格を。
 就業中セクハラなんぞかまそうものなら容赦無く拳や蹴りが舞い、夜の交渉もゼロ。最近は顔を合わせれば眉をつり上げて仕事しろ、だ。
 これでは何のために隊長になったのかわからないではないか。
 そんな不真面目な事を上司兼恋人が考えているとは露知らず、浮竹は真面目に筆を滑らせていた。



「ねぇ、十四郎」
 浮竹が顔を上げると、こちらに来いとばかりに京楽が手招きしている。
「……」
 浮竹は一瞬訝しげな表情を浮かべたが、すぐに立ち上がると、どうしたのですか。と京楽の前に立った。
「十四郎さぁ」
「何ですか」
 手元を覗き込めば、書類はようとして進んでいない。
「……隊長、仕事以外の話なら――」
「それやめてほしいんだけど」
 浮竹の台詞を遮って、京楽は頬杖をつき言った。
「主語が抜けています。それでは何の事か」
「敬語」
 うっそりと見上げてくる京楽に、浮竹は眉を顰める。
「……京楽隊長」
「別に皆の前で、って言ってるんじゃないよ。ただ、ふたりっきりの時くらいはさぁ」
 間延びした呑気な口調ながらも、京楽の瞳は真剣だ。もともと格式張ったものを嫌う京楽である。恋人によそよそしい態度をとられて内心ご立腹なのはわかる。
 だがしかし。浮竹はあえて恋人の思いを見ないふりする事にした。
「俺は副隊長。貴方は隊長。同等じゃありません」
「つまり、駄目って事?」
「その通りです」
「……」
「……」
 沈黙が重い。睨み合うように見つめあっていたふたりであったが、先に視線を逸らしたのは京楽であった。
「仕方ないねぇ」
「ご理解してくれたようで何よりです」
 椅子に深く身を沈める京楽にこっそり安堵し、浮竹は席に戻ろうと踵を返した。が。
「十四郎。話はそれで終わりじゃないんだよ」
「は?」
 まだ何かあるのか。と、浮竹が京楽に向き直った次の瞬間。浮竹は凍り付いた。
「な……!?」
「可愛いでしょ?」
 京楽がどこからともなく取り出し、自慢するように見せつけてきたのは、、現世の女ものの服。
 丈の短い黒のワンピース。実用性ゼロのフリフリエプロン。おそらく髪飾りの類いなのだろう白のレースの何かと、やたら長い靴下に、履いたら絶対ずっこけるんじゃないかと思わせる靴。
 浮竹は知らなかったが、それは現世でいうメイドファッションであった。
「京楽…隊長、そんなもの、どこで……」
「四番隊の縫製班の子に頼んで」
 先程とは打って変わりにこりと笑む京楽の姿に、浮竹は嫌な汗が流れるのを感じた。
「これ着るのと敬語やめるのと、どっちがいい?」
 突き付けられた究極の選択に、浮竹は呆然と立ち尽くしていたが、心の内ではある思いと羞恥心を天秤に架けていた。そして……



「着ればいいんだろ…!」
 京楽の手からメイド服をひったくり、隣室へと姿を消した。
 スパンッと閉ざされた襖を見やり、京楽はおやおやと驚いていた。
 てっきり冗談じゃない。と怒鳴りつけてくるだろうと思っていたのだが。
「何か隠してるねぇ、あれは…」
 内心首を傾げながらも、折角の機会を無駄にしないようにとその疑問に蓋をした。


 
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