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□大人になれない僕ら
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 それは、浮竹が統学院に入学してから二年。京楽と出会ってから迎えた二度目の冬期休暇の事。
 浮竹は病に伏せり帰郷する事が叶わず、京楽はそんな浮竹の看病を買って出た。
「お粥作ってもらったけど食べれるかい?」
 浮竹が目を覚ますと、盆を持った京楽が立っていた。
「……食う」
 漂う卵粥のいい匂いに腹の虫が鳴き、浮竹はバツが悪そうに視線を泳がせる。しばらくまともに食事も出来なかったから、腹が不満を訴えているようだ。
「食欲出て来たね」
 京楽は笑いながら布団の脇に盆を置き、半身を起こした浮竹の肩に半纏をかける。
「ゆっくりでいいから、無理しないで」
「ああ」
 京楽から受け取った茶碗を両手で持つと、温かなそれに自然と頬が緩む。
 そしてゆっくりと少量を口に運べば、久方振りの味に和む。食事が有り難いものだと感じるのはこういう時だとつくづく思う。
「あ。そういえば君宛てに文が来てたよ」
 ふと思い出した様に、京楽は懐から厚めの文を取り出した。
 宛名の“浮竹十四郎様”という文字は微妙に歪んでいて、わざと左手で書いたか、さもなくば子供の書いた字のようだ。
「弟、妹達からだ」
 どうやら後者らしい。
 顔を綻ばせる浮竹に、京楽は何故か目を細め、眩しいものでも見るような表情を浮かべる。
「読んでくれるか、京楽?」
 そう口にしたのは単なる気紛れからだったが、京楽は何故か大袈裟に驚いてみせた。
「いいのかい?」
「別に構わないだろう」
 京楽はじっと文を見つめていたが、おもむろに文を開いた。
「『はいけい 十四郎にいさまへ』……」
 とつとつと文を読み上げる京楽に、浮竹は本当の弟妹が読み上げているような顔をする。
「『――家族一同 十四郎の帰りを心待ちにしています』」
 実に三十分近く朗読させられた文はそう締めくくられていた。
「……凄いなぁ」
「長過ぎたか?」
 さすがに喉が渇いたらしい京楽に水差しの水を渡してやりながら、浮竹は笑う。
「うーん。それもちょっとあるけど……」
「何だ?」
 水で喉を潤すと、京楽は文を浮竹に手渡す。
「家族皆、君の事大好きなんだなあって」
 文は兄弟七人と父母の計九人によって書かれていた。それぞれの思いを込めて。
「そうか? 普通だと思うが?」
 そう答えれば、京楽は口元に小さな笑みを浮かべる。それは普段の京楽が浮かべる軽薄な笑みではなく、どこか自嘲するような笑みだ。
「そっか。普通…か」
「春水…?」
 京楽はふっと息を吐き出すと、小声で囁く。
「十四郎が羨ましいな」
 それはいまだかつて聞いた事の無い、京楽の心の底からの呟きだった。


 
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