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□××の理由
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「痛っ、いてててて」
 御簾の向こう。上司の呟きが耳に入り、海燕は首を傾げた。
 あの人は何をしているのだ。今日は休日で、あの髭隊長とデートとか言っていなかったか。
「……何してるんすか?」
 いくつもの疑問が頭をかすめるが、とりあえず見た方が早いだろうと、海燕は御簾をくぐった。
 そこには──

「どうしたんすか、その格好」
「おお、いい所に来た、海燕!」
 室内には浮竹がひとり。だがその様相は、いつもと余りにも違っていた。
 浮竹は白いスーツと緑のチェックのベストを身に纏っていたのだ。
「すまん、これ外してくれ!」
 そう言って浮竹が示したのは、シルバーのネックレス。どうやら金具に髪が絡まってしまったらしい。
「本当に何してるんですか……」
 呆れの溜め息をつきながら、海燕はわたわたと慌てる浮竹の背中に回り込んだ。



「じゃあ、京楽隊長からのプレゼントなんすか、それ」
「ああ。洋服なんて俺には似合わないと思うんだがな…」
「んな事無いっすよ」
 世辞ではなく、本心からそう言えば、鏡越しに見る浮竹はまんざらでもない表情。
「京楽が、わざわざ選んでくれたんだ」
「……へぇー。そうっすか」
 ノロケは結構だが、その“わざわざ”はおそらく仕事をサボっての“わざわざ”だ。七緒の苦労を考えると、素直に上司のノロケを聞いてはやれない。
「でも何で現世でデートなんすか?」
「ん? ああ、実は──」

 浮竹の話す所によると、先月のデートは普通に瀞霊廷でしたらしい。
 食事をして、買い物をして……だが。
「茶を飲んでたら、あいつの隊の隊員と会ってな──」
 一緒に茶を飲む事になってしまったのだという。人当たりが好すぎるのが災いしたという事だ。
「隊長達、有名っすからね」
 四大貴族の当主である白哉程ではないにしても、数百年隊長位についている浮竹と京楽だって十分有名であり、他隊の隊長達よりも穏やかで気さくな人柄で知られている。
 部下達は、そんなふたりだからこそ、声をかけてきたのだろう。

「ああ。だから、俺達を知ってる奴のいない所に行こうって事になってな」
「なるほど。それで、洋服のプレゼントっすか」
 海燕はネックレスをとめてやると、持ち上げていた髪を下ろしていい。と、浮竹に言った。
「けど。……多分、それだけじゃないと思いますよ」
「何がだ?」
 振り返ると、海燕は苦虫を噛み潰した顔で、低く言い放った。
「男が恋人に服を贈る理由ってのは、ひとつしかない。っつー事です」
「?」
 部下の意味不明の言葉の意味を聞く間もなく、待ち合わせ時間が差し迫っていた浮竹は雨乾堂を飛び出していった。


 
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