たんぺん

□ついでに抱きしめてあげる
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彼女が帰って来た。いつもなら元気にただいまと言ってばたばたと廊下を走り、俺の居るリビングにやって来てはもう一度、ただいまと言う。しかしながら今日はその一つ目のあいさつもなく、当然二つ目のあいさつもない。乱暴に開閉されたドアの音がリビングに響く。それだけで彼女の機嫌があまりよろしくないことがわかった



「おかえり」

『…』



珍しい俺からの出迎えのあいさつでさえ無視。ソファに鞄を放り投げて、リビングから出ていってしまった。まったく、世話が焼ける。けどそんな彼女も嫌いじゃないっていうのも本音



「おかえりに対して、ただいまは絶対だろ?」



彼女を追い掛けてたどり着いたのはトイレ。何ともムードも色気もない場所だが、彼女は心が不安定になった時なんかに決まってここに立て篭もる習性がある(寝室は共同だし、鍵の付いてる個室はトイレしかない。だからなのかは不明)。勢いよく閉まってしまったトイレのドアノブに、駄目元で手を掛けて回してみるが開くはずもなく、俺の問いに対する返事も得られない



「はーあ、困り者だなあ」



大きく息を吸い込んで、わざとらしく大きなため息をついた。そして彼女に聞こえるくらいの足音をたててリビングに戻った。
彼女がトイレに立て篭もってから15分が過ぎようとしている。が、トイレから出た音も気配もない。そのうち落ち着いて、出て来るだろうという考えが甘かったのだろうか。しかしいつもであればそのうち出て来て、一通りの理由を説明し、ごめんなさいと一言こぼして一件落着という流れである(それから慰める意味を込めて押し倒せたら、文句ないね)。彼女のことがそれなりに気になって、俺はもう一度トイレに向かった



「おーい」



コンコンと2回ノックしてみるものの、やはり返事はない



「とりあえず居るならドア、叩いてくれる?いくらなんでもそのくらいはできるよね」



すると控え目なノックの音がした



「こんな所に居ても暇で仕方ないだろう?仕方ないから今からどうでもいい話をしてあげる。そこに居るなら聞いといて」



トイレのドアと向かい合うように、壁に寄り掛かりながら本当にどうでもいい、くだらない話を始める



「ひと と ひと とが支え合って人っていう漢字はつくられた、なんて昔どっかのB組の先生が言ってたけどあれってどう思う?ぶっちゃけこの世の中そんなに甘くなくて、人と人とは常に欺き合いながらその中で何か一つ形あるものを見つけていくんだと俺は思うわけ。名探偵と名悪党なんて良い例えだ。互いの心の内を探り合いながら最終的に名探偵はわざと名悪党を逮捕しなかったり、逆に名悪党はお宝も何も盗まないんだ。それで最後に名探偵はこう言ってかっこつける、『あいつは大切なものを盗んでいきました、貴女の心です』ってね」



話が終わった頃、ドアの鍵が解錠される音がしてゆっくりドアが開いた。中からは少しだけべそをかいてるように見える彼女が、掌を握ってこちらを見ている



「おやおや、俺の話そんなに感動したわけ?仕方ないなあ、拭いてあげるからこっちおいで」



ついでに抱きしめてあげる



俺の胸に飛び込んで来た彼女のことを、少々よろめきながらも受け止める。そして溢れ出した涙が止まるまで、拭い続けた。





@補足
強がりヒロインとなだめ上手な臨也くん。どうでもいい話は本当にどうでもいいです。



20110313


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