たんぺんB

□嫌いだったコーヒーが好きになるみたいに
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『私いろいろ考えてみたんだ』



彼女からメールがあった。場所と時間だけ指定したメールだった。いつもはこれでもかという位ハートやら絵文字を使う彼女。それが今日に限って、いや、最近はそれを使わなくなった。何となく、俺を呼び出した理由はわかっていた



「何を、ですか」



指定された場所は、俺達が初めて出会った小さな喫茶店。当時自分の力と仕事について一人で悩み、特に何をするでもなく席に着いていたところ、何も言わず頼んでもいないコーヒーを出してくれたのが、そこでバイトをしていた彼女だった



『やっぱりお互いのことを考えると、さ』



頼んでもいない、まして俺が飲めもしないコーヒーを何も言わずに出してくれた彼女の優しさが嬉しくて。これでもかというくらいの砂糖とミルクを入れて、一気飲みしたのを覚えている。それでもやっぱり苦くて、でも少しだけ甘くて、まるで今の俺の心境を表しているかのようなコーヒーがとても憎たらしくも思えた



『私たち、別々の道を歩んだほうがいいと思うんだ』



それからというもの、悩み事があってもなくても俺は毎日のように喫茶店に足を運んだ。苦いコーヒーをわざわざ無理して飲むためではなく、彼女に会うために



「言いたいことはよくわかりました。」



会うたびに確実に惹かれていた俺の心、それに彼女は応えてくれて。ああ、これが幸せってものなのかと感じた。
彼女の言うことはよくわかる。最近お互い仕事も忙しく、なかなか時間をとることも出来ていなかった。きっと女性はそういうときでもメールや電話一つあると嬉しいんだろうけど、どうしても俺にはそれが出来なかった。言うても彼女は年上。そんな彼女に何とメールをすれば良いのか、何を電話で話せば良いのか、俺はとてもじゃないけど恥ずかしくてそんなこと出来なかった。愛想尽かされるのも当然、その考えがあっての言葉だった



『止めては、くれないんだね』



まるで止めてほしかったというような言い方に、戸惑いを隠せない



『まー私なんかよりいい人沢山いると思うし、静雄くんだってかっこいいから…』



頑張ってフォローする彼女。何故俺は一言だって返すことが出来ないのだろうか。こんなこと、俺は決してこんな展開を望んではいないのに



『私のこと忘れてとは言わない、むしろ忘れないで。私も静雄くんのこと忘れないから』



忘れないでね、なんて忘れられるわけないだろ、バカ。どうやったらあの思い出を無かったことにできる?どうやったらお前のこと忘れて他の女を好きになれる?どうせならお前の存在なんか綺麗さっぱり消し去って前に進みたいんだ俺は。なあ、どうすればいい?



嫌いだったコーヒーが好きになるみたいに



頭の中で渦巻いたことは無惨にも言葉になることは無く、席を立つ彼女の後ろ姿をただ見つめることしか出来なかった。遅れて出てきた二人分のコーヒー。何も加えず一気に飲み干すと、案外美味しいかもしれないなんて思ってしまった。
彼女の為ならどんなことも苦ではなかった、逆にそれが慣れてしまうほどに。そんなにも、好きだったんだ。





@補足
コーヒーを飲めないくせに彼女の為なら、と飲んでる静雄さんを想像してください(^q^)



20110807


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