機動戦士ガンダムSEEDーZ

□第01話 「見知らぬ土地で」
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何がどうなったのかは覚えていない。エマが気付いた時にはそこに居た。
 目の前に広がるのは透き通るような青い海。少し潜ってよく目を凝らしてみれば、珊瑚礁も見られるかもしれない。それだけその海は綺麗に見えた。そして、それに覆い被さるように空が広がっている。
 空は太陽の光に輝き、眩い青を放つ。所々に浮かんでいる純白の雲が、高い空に薄化粧を施しているようにも見えた。綺麗なお嬢さんね、と冗談めかした言葉をポツリと呟く。

 エマは自分の状況を確認する。真夏のような暑さで今まで気付かなかったが、全身が濡れている。少しだけ寝返りをうつように体を動かしてみると、緑を基調とした制服が水を含み、多少の重さを感じた。
そして、波打ち際で寝そべっているのだと気付いた。そこはまるでリゾートのように美しい砂浜だった。
 ふと、自分はこんな所で何をしているのか、そんな疑問を胸にエマは立ち上がり、辺りを見渡した。

「人っ子一人居ないなんて…」

 エマはまだ意識がハッキリとしていない。自分の置かれている状況に気付く術も無く、ただ状況を言葉に出した。不思議な気分だった。
 それからエマは少しずつ歩き始め、同じ様に頭の中の記憶の糸を辿り始めた。まず最初に頭に思い浮かべたのは自分の名前だった。エマ=シーン、それが自分の名前である。次に自分が何をしていたのかを考えてみた。

「エゥーゴ、ティターンズ、アーガマ…ラーディッシュ…」

 ポツポツと断片的に単語を並べ、そこで言葉に詰まった。思い出したことがある。

「ヘンケン…」

 エマは俯き、視線を白い砂浜に落とした。自分の影が重なった部分だけ深い闇に覆われているようにも見えた。
 彼女の髪はセンターで分けられたセミロング。ストレートの髪が綺麗に纏まっており、ボリュームがある。柔らかさを感じさせる前髪が、彼女が俯いた分だけ顔に覆い被さってきて、表情を隠した。
 エマはその場に座り込んで目を閉じた。ヘンケンの顔を思い浮かべると、つい先程の出来事のように一隻の戦艦が宇宙に消えていく場面が記憶の中のスクリーンに映し出される。無力感のようなものに襲われ、暫くの間呆然としていた。
 しかし、同時に自分の置かれた状況に気付き、エマは目を開いた。慌てて視線を目の前の海に移し、続けて空を見上げた。そして何かに驚いたように目を見開き、体を震わせる。

「コロニーじゃない…」

 震える喉で声を絞り出し、指先を唇に当てる。
 最初はコロニーの中なのかと思った。しかし、コロニーには海はないし、太陽光を取り入れるための隙間から見えるミラーが空に見えない。更にはコロニーならば円筒形の大地に都市が築かれている為、壁のように大地が広がっているはずが、それが見られない。
あまりにも地面が平らすぎる。

「どういう…ことなの?」

 地平線の彼方を見つめる瞳は徐々に光を取り戻し、彼女の意識が正常に回復しつつある事を示していた。
 蘇る記憶は様々な事を思い出させた。自分は宇宙でティターンズ、アクシズとのコロニーレーザーを巡る攻防戦の末、廃棄されたサラミスの中で眠りについたはずである。それが何故このような所で気を失っていたのか。

(ここは地球なの?)

 何が何だか訳の分からない状況に、エマは自分が今とんでもない状況にいるのではないかと感じた。自分は確かに宇宙に居て、戦いの最中に負った怪我が原因で死を迎えたはずである。ただ、サラミスで眠った後に何かあったような気がするが、それはよく覚えていない。
 しかし、自分は生きているし、気付いたら砂浜に打ち上げられていた。その事実が意味するものが何なのか見当もつかない。

「エマ…中尉?」

 エマが途方に暮れていると、後ろから恐る恐る自分に呼びかける少年の声がした。気付いて後ろを振り向くと、エマは驚く。見知った少年が自分を見て立ち尽くしていた。

「カツ!」
「まさか中尉がいるなんて……」

 癖のある短い髪を散らかしたような髪型の少年がそこに立っていた。目は小さく、輪郭は丸みがあり、幼さを感じる。上背はそれ程大きくなく、どちらかと言えば小さい部類に入るだろう。全体的な印象は、一見優しい感じを受けるが、エマはこの少年を戒める事が多かった。
 カツ=コバヤシの姿を目にしたエマは信じられないといった表情で凝視する。同様にカツもエマを見つめて動揺している。それというのも、カツも死人のはずなのである。

「あなた、隕石にぶつかって――」
「え、えぇ……」

 歯切れ悪くカツは応える。そう、彼は自分でも分かっていた。戦闘中にエマのガンダムMk-UにGディフェンサーのロングライフルを預けた後、彼はハンブラビに追いかけられ、その結果隕石に衝突してそのまま生を終えたはずだったのだ。

「ど、どうしてここに?あなたはあの時――」
「それが、僕にもどういうことなのか分からないんです。でも、気が付いたら地球に居て――」
「やはりここは地球なのね?」

 カツの言葉に、エマは自分の推測が正しかった事を確信した。どういう理屈かは分からないが、宇宙で戦って果てたはずの自分は何故かこうして地球に降りている。そして、同様に果てたはずのカツもこうして生きている。
 しかし、これがどういうことなのか、それは全く謎に包まれている。

「それで、カツはいつからここに?」
「僕は三日程前からです。…中尉は?」
「私は今気付いたばかりよ」

 応えてエマはカツが自分より先に地球に降りていたことを知る。それならば、今気付いたばかりの自分よりは彼の方が事情に詳しいかもしれない。エマは訊ねる。

「それでカツ、アーガマとは連絡は取れたの?」
「いえ、キリマンジャロが落ち、クワトロ大尉のダカールでの演説で反ティターンズの風潮が広がってはいますけど、地球は彼等の拠点みたいなものでしたから――」
「そうね……」

 後先を考えないカツも自分の置かれた状況に慎重になっているのだろう。どうやら迂闊な行動は慎んでいたようだ。下手に通信などすれば、ティターンズに傍受される恐れもある。パイロットになって日の浅いカツの知っている暗号コードは、簡単なものだけだった。
 自分より先に地球に降りていたカツも、同じく何も分かっていない状況だと知り、エマは腕を組んで溜息をつく。
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